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義妹を選んだ婚約者様、どうぞ堕ちてください


エミリア・ホッチは、夜会の会場となった王都第一公爵邸の大広間を、ひとり静かに歩いていた。

金糸を織り込んだ深い蒼のドレスが、動くたびわずかに光を返してきらめく。

彼女の足取りは静かだったが、その姿は誰の目にも気品を感じさせた。


「エミリア嬢はお一人?」

「婚約者がいたのでは?」


──本来なら、この場には彼女の婚約者クロード・レーヴェンが並ぶはずだった。

だが、その姿はどこにもない。

ヒソヒソと交わる視線と噂が、胸の底をざわめかせる。


そのとき、扉の向こうからざわめきが波のように走った。

「……クロード様では?」

「隣にいるのは、エミリア嬢の妹……?」


豪奢なシャンデリアの光を受け、クロードと、その腕を取るように歩く義妹シェリアが現れる。

淡いピンクのドレスをまとった義妹は、巻き髪を大きく波打たせた派手な装いで、今宵の主役のようにまばゆく輝いていた。


その華やかさは、婚約者の姉を差し置くにはあまりに挑発的だった。

会場の空気が一瞬で変わる。

「エミリア嬢を放置して?」

誰もが、婚約者が義妹を伴い当の婚約者を置き去る無礼を直感的に嗅ぎ取っていた。


(……相変わらず失礼極まりないわね)

エミリアは胸の奥に広がる冷たいものを押し込み、静かに一歩前へ進む。


「……クロード様、どういうことかご説明いただけますか?」


彼はわざとらしく肩をすくめ、余裕の笑みを浮かべた。

「シェリアは一人じゃ可哀想だろう? だからエスコートしたまでだ」


そのとき、シェリアと目が合う。

彼女はふっと口角を上げ、含みのある微笑を返した。


──もともとクロードは学園時代から、女性の噂が絶えない男だった。

彼の傍にはいつも誰かがいた。

「彼女はどういう関係で?」と尋ねても、“友人”という言葉を盾にし、「誤解だ」と笑って済ませる。

気づけば“友人”の名のもとに彼の周囲は女ばかり。

贈り物をもらった者たちは、みな同じ言い訳を口にした――『ただの友人ですわ』と。


そして最近、その矛先は義妹シェリアにまで向けられた。

「君と違って、華やかで美しい」

そう言って、贈り物を贈っていたのだ。

香水、リボン、宝石の髪飾り……どれも“妹への気遣い”という名目で。


エミリアが何度忠告しても、「君は嫉妬深いな。婚約者の妹を気遣って何が悪い」と笑い飛ばすばかりだった。


「君の妹と親しくして何か問題でも?」

今もクロードは余裕の笑みを浮かべ、その場の空気をねじ伏せようとする。


「……たしかに、妹なら仕方ないのかもな」

「家も近しいし、兄のように接してただけかも……」

「あれくらいの距離なら“友人”とも言えるか」


ざわり、と同調の空気が人々の間に広がっていく。

クロードは勝利を確信したように、胸を張った。


だが次の瞬間、シェリアが小さく微笑み、一歩前へ出る。

「私は一度も、クロード様と仲良くしたつもりはございません」


空気が、凍りついた。

「むしろ、言い寄られて迷惑でした」

そしてシェリアは声を震わせ、瞳に涙をにじませた。


会場がざわめく。

クロードは戸惑い、声を荒げた。

「シェリア! あんなにもよくしてやったのに!」

「俺はただ……家の名に恥じぬよう、優しくしただけだ! エミリア、誤解だ! お前までそんな目で見るのか!?」


エミリアは一歩前へ出て、冷ややかに告げる。

「クロード様、以前から申し上げていましたよね。シェリアと距離を取りなさい、と。

それでも“友人だ”と聞き入れなかったのは、あなたですわ」


「シェリア! 君だって贈り物を喜んで受け取っていたじゃないか!?」


シェリアは涙を浮かべたまま、静かに続けた。

「贈り物は勝手に届いただけ。私は一度も使っていません。

でも、お姉さまの婚約者ですもの。公爵家に無礼はできませんから……」


「シェリア嬢も被害者だったと……」「なんてこと……」

周囲の囁きが、評価を塗り替える。

クロードは顔を真っ赤にし、言葉を失って震えた。


会場奥の扉が、軋む音を鋭く響かせて開く。

──エミリアは胸の奥で、小さく息をついた。

本来なら政務の要人と打合せのはずのレーヴェン公爵が、そこに立っていた。


彼女は数日前、公爵にささやかに告げていた。

「妹に、不用意な贈り物をしている」と。

あの時、公爵は何も言わなかった。

けれど、厳格なあの人のことだ。

きっと帳簿を開き、すでに全てを確かめているだろう――。


その予感は、すぐに現実となる。

「……クロード!」

父の声が大広間を切り裂いた。


「婚約者を公の場で辱め、その妹にまで手を伸ばし、挙げ句の果てに我が家の金を女に注ぎ散らしたとは――恥を知れ、愚か者が!」


ざわめく空気を一喝して、父は続ける。

「公の場で家の名を汚したのなら、公の場で清算するまでだ。隠して守るほど、我が家は弱くはない」


杖を床に叩きつける音が、雷鳴のように響いた。

「この場をもって、エミリア嬢との婚約は破棄する。

お前のような不見識を次代に据えるわけにはいかぬ。本日をもって嫡男の座を剥奪し、レーヴェン家から出て行け!」


重圧に押し伏せられるように、大広間は水を打ったように静まり返った。


「父上、待ってください、誤解です!」とクロードは叫ぶ。

「愛想を振りまいたのはあの女のほうだ! 俺は……!」

だが父は顔を背け、動かない。

「俺は悪くないんだ!」

護衛が動き、クロードは引きずられるように連れ出されていった。


重苦しい沈黙の中、シェリアはそっとエミリアへ身を寄せ、耳元で囁く。

「お姉さま、ようやく片がつきましたね」

シェリアは微笑みながら、声を落とした。

「ちょうどよかったですわ。派手な女がお好きでしたから」


シェリアは肩のあたりでゆるく髪を払った。

その動きに合わせて淡い香が空気を撫でていく。

「あくまでも妹としてでしたけれど――少し愛想を振りまけば、簡単に釣れましたわ」


その笑みは、さきほどまでの涙を帯びた顔とは別人のように冷ややかで、どこか誇らしげだった。


エミリアは妹の手を取り、くすりと微笑む。

「ありがとう、シェリア。あなたが味方でいてくれて、私は誇りに思うわ」

「それにしてもあの方の浅はかさには助けられましたね。少し仕掛けただけで、自ら罠に飛び込んでくれましたもの」


シェリアは小声で笑い、ふとドレスの裾を揺らす。

「ところで、お姉さま。あの山ほど届いた贈り物……どうなさいます?」

「ああ、あれね。慈善団体へ寄付してしまいましょう。孤児院や女学会が喜ぶわ」

「素敵ですわ。悪趣味な贈り物が無駄にならずにすみますもの」


二人は顔を見合わせ、クスクスと笑いながら大広間をあとにした。


――後日。

慈善団体への寄付は瞬く間に話題となり、姉妹の名は社交界に広がっていった。

「気高く賢い令嬢」だと。

逆にレーヴェン家の失態は長らく語り草になった。


やがて姉妹には、次々と良縁の求婚が舞い込み、幸福な結末へと続いていく。

二人は、再び明るい未来へ歩み出していった。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます!

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現在のメイン連載はこちら↓

『転生姫はお飾り正妃候補?愛されないので自力で幸せ掴みます』

https://ncode.syosetu.com/n5770ky/

※ざまぁ系ではありません


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→ @serena_narou

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― 新着の感想 ―
仲良し姉妹だったんですねぇ。義妹さんは、やり手ですわ。 贈り物が手付かずのままなら、公爵家にお返ししても良かった気はしますが……一度、よそに贈ったものを返されるのも、公爵家にとっては、外聞が悪いかもし…
義理でも仲良い姉妹いいねえ
身分差を逆手にとって、罠をかけたわけですね。 公爵閣下は気付いていそうですが、色ボケの盆暗を後継に据えるくらいなら、このさい奸計にのってしまう方がいいかと思われたのなら、前々から父親からも注意されて…
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