深夜、件の電話
箸休めに読むのにちょうどいいSSです。
昔pixivに別名義で掲載してました。今も探せば支部にあります。
実家の畜産農家を継いだ友人から電話が来た。卒業してからはなんの音沙汰もなかったのに。
こういう場合、大抵はマルチ商法か変な宗教にハマってるって聞いてたので、警戒しつつ応答する。
「あのさ、ちょっとアドバイスが欲しいんだけど」
久しぶりを言うより先に、そう言われた。
まじでなに? とドキドキしながら、話を聞こうとする。
でも、彼は「ううん」だと「えっと」だのと言葉にならないような声を漏らすだけで、何も話そうとしない。多分、何から話そうか悩んでいたんだと思う。
切ってやろうかな。と思いつつ、まあ暇なので気長に待っていると、意を決した彼が切り出した。
「件がさ、生まれたんだけど」
くだん? 意味がわからなくて狼狽した。本当に訳が分からん。
くだんって、あの件? 妖怪の?
「逆子だったからさ、皆で脚にヒモ括りつけて、引っ張り出したんだよ。そしたら、ずるんって出てきた。人面の牛が」
電話口から、ガチガチと歯を鳴らす音が聞こえる。震えているらしい。
普通に信じられないし、久々の電話でオカルト話かよ。鼻で笑って
「なんか予言したの?」
と聞く。彼は、無言だった。もしかしたら、受話器の前で頷いていたのかもしれないが、長い沈黙が流れた。なんだか居心地が悪くなって、ソワソワしてしまう。
暫くすると、嗚咽が聞こえてきた。
「俺さ、やりのことしたことがあるんだ」
汚い嗚咽を漏らしながら、絶え絶えにそう言う彼。
「え? なに、死ぬとかって言われたの?」
それに引きながら答えると、また長い沈黙が流れた。マジかよ。依然として信じてはいないのだけど、彼のその泣き声を聞いているうちに、心配にはなってきた。
ヤバい薬とかやってるんじゃないだろうな。
大丈夫かと尋ねると、彼は小さな声で「うん」と呟いた。大丈夫じゃないだろ。
「とりあえず、お前に借りてた漫画とか、全部返そうかと思って」
何年前の話だよ。今更だよ。もう返ってこないのかと思って、ついこの間に買い直したばかりである。
「別にそれはいいよ。で、アドバイスが欲しいってなに? どんな?」
開口一番の彼の言葉を思い出して、そう言う。予言のくつがえし方とか知らないんだけど。
「余命わずかなんだけど、告白したいんだ」
「へえー」
「伝えてもいいと思う?」
「伝えれば?」
そこで、何となくわかってきた。
件云々は比喩で、本当は普通に病気かなんかなんじゃないだろうか。それか、夢で見た内容が混濁してるのだ。現に、今は夜中の3時。丑三つ時である。牛だけに。
「いいのかな」
「いいっていいって。悔いが残るよりずっと良いって」
たまたま起きてたから出られたが、普通に眠い。返事がおざなりになる。
「……好きなんだ。お前のこと」
眠気がぶっ飛んだ。は? と理解が追いつかなくてフリーズする。そこに、また彼が重ねて「好きだ」と涙声でそう言った。
……学生時代は、そんな素振り無かったじゃないか。
「ごめん。最期にどうしても伝えたくて」
「えー……寿命っていつまでなん?」
なんて言えばいいのかわからなくて、そんな事を言ってしまう。茶化してる訳じゃない。そんなに深刻そうなのに、告白なんてしてる暇があるのか気になっただけだ。
「あと5分」
短っ。だが、あと5分で死ぬにしては、ピンピンしてる。
やっぱり、寝ぼけているのか?それとも大災害とかが来るのだろうか。
「いや、災害とかじゃない。あと4分だ。答えを聞かせて」
急かされる。もしかして、そういう作り話をして、断りずらくしてるのだろうか。なんて事を思い始める。本当の話だったら申し訳ないが。
少し悩んだあと「いいよ付き合う?」と答える。別に、彼のことは嫌いではない。残り時間はあと3分。
「ありがとう。ごめんね。想いを伝えられて良かった」
「3分しか付き合えないのに?」
「それでも。嬉しい」
そうして電話は切れた。最後に「さようなら」と小さい声で聞こえた。
カチ、カチ、と時計の音が聞こえる。残りあと、1分。
どうせなら、時間を超えるまで通話を繋げてればいいのに。
それで、超えたら「死ななかったじゃん!」って笑えば良かったのに。結局、なんだったんだ?
ガタン。
眠気で足がフラついて、倒れる。凄まじい勢いで、机の端に頭を打ち付けた。
カチ、カチ、カチ、カチ。
なんだ、死ぬのはこっちの方か。
了
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