10-7 エターナル・ノヴァ
黒い火球が、白く光り輝いた——
それはまるで、絶望の中に射し込む一条の奇跡。
魔王の間を満たしていた闇の濁流を、一瞬で焼き払うような神聖なる閃光だった。
そしてその閃光の中心から、ゆっくりと一人の騎士が現れた。
漆黒の鎧に身を包みながらも、その輪郭はどこまでも清廉で、威厳に満ちていた。その腕には——白いドレスに身を包んだノア姫が抱かれている。
「我は、ガイラム帝国騎士団総長——聖騎士クロウ・ヴァルザークなり」
その言葉は、まるで長い時を超えて響く鐘のようだった。
場が静まり返る。
あのクロウが、生きていた——。
ヨウの生み出したシャドウ・クロウたちは、一瞬にして散り、砕け散った。
虚ろな骸となっていたかつての英雄たちは、主の帰還により浄化され、黒い霧となって消え去っていった。
クロウはそっとノア姫を地に降ろす。姫はその場に膝をつき、周囲を見回した後、妖精ファルへと微笑みかけた。
「わたくしは、ガイラム帝国皇女、ノア・ファルシアと申します。ファル・フィンよ、あなたの導きには感謝します。けれど、その代償としてこの方々が苦しむのは……本来あるべき物語ではありません」
誰もが言葉を失った。
タクマも、リュウジも、リンも、ヨウすらも——ただ沈黙のまま立ち尽くしていた。
だが、ファルだけが、小さく涙を流しながら、微笑んでいた。
「ノア姫さま……ごめんなさい。ヨウさん、タクマたちも……ごめんなさい。アタシが……先にクロウとノア姫を星脈網の魔法ネットワークで逃がしちゃったせいで……。カオさんが……ノア姫役になってしまったの……。そしてヨウさんやタクマを、こんな……こんなに辛い気持ちにさせて……!」
「……もう、いいよ」
タクマがゆっくりと口を開く。
いつもの調子より、少しだけ優しく、そして疲れを含んだ笑みで。
「もう、お互いさまだ。苦しかったんだよな、ファル。ありがとう。呼んでくれて。最後に『やること』が見つかって……よかったよ」
けれど——
祭壇には、なおも動かぬヒロインがいる。
カオ。
命を失い、世界の『仕様』に喰われたもうひとりの王女。
その傍で、ヨウが両手を広げ、黒い魔力を空に向けて拡張していた。
暴走したノクターナル・ノヴァが、再び形を取り戻していた。
今度は、まるで『世界そのもの』を塗り潰そうとする規模で。
「黒咲ヨウ!! 聞こえるか!? お前……そのエフェクト効果、何をしようとしてる!?」
タクマが叫ぶ。
ヨウは振り返らずに答えた。
「この大陸そのものを、消すのよ。カオは私より大事な存在だったのに、もう会うことができない。だったら……私もこの世界と一緒に消える方がマシなのよ!!」
「ヨウちゃん……それは黒魔法中の黒魔法だよ……!」
リンが悲鳴のように叫ぶ。
「やばいっすよ先輩……これ、大陸レベルじゃないっす……規模が《∞(インフィニティ)》に近い。発動したら、本人ごと、世界が消えます」
テルキが冷や汗を垂らしながら警告を重ねる。
「ごめんな、六英雄……魔王ブランダ倒してもらって、シャドウ・クロウも片付けてもらったのに……また厄介事を押し付けて、本当に……ごめんな……」
タクマが、目を閉じたまま呟くように言った。
そして——彼はある出来事を思い出す。
次元のコードからリンゴを引き出す、ファルの奇妙な魔法陣。
「ファル、覚えてるか? あの時、お前、アイテムをコードから取り出すって言ってただろ」
「え? うん……あれ? まさか……」
「そうだ。一か八か試してみたい。ヨウのノヴァが放たれた瞬間、お前の魔法陣を『盾』にしてぶつけてくれ! 相殺じゃない。『受け取る』んだ」
「受け取る……!? できるかなぁ……」
ファルは不安げに羽を震わせた。
「ヨウちゃん!」
タクマが叫ぶ。
「そのエフェクト、めちゃくちゃ見事だよ! でもな——今、仕様を変更した。そのノクターナル・ノヴァ、発動と同時に『別の魔法』として再構成する!」
「え……?」
ヨウの黒く光る手が、白へと反転し始めた。
「ファルと力を合わせろ! そのノヴァは、エターナル・ノヴァっていう魔法に書き換えた! いいか? 今発動すれば、『カオを救う希望』になる。できるか?」
「……やってみるわ」
ファルが小さく頷いた。
「タクマくん、まさか……!」
リンの目が見開かれる。
——ヨウの両掌に集う、光と闇の融合エフェクト。
かつて『世界を消す』ために作られた魔法が、今——再定義される。
「せーのッ!!」
アークコード発現——《エターナル・ノヴァ》!!
一同「エターナル・ノヴァだって!?」
光の柱が天へと昇る。
同時に、ファルの魔法陣が展開され、光の奔流が吸い込まれるようにして収束されていく。
ノクターナル・ノヴァは、永遠に拡張し続ける『死の魔法』だった。
だが、それを再定義した今——エターナル・ノヴァは『命の拡張』と化した。
祭壇に横たわるカオに、静かに降り注ぐ白い光。
それは彼女の身体を包み込み、淡い桜色のオーラが花弁のように宙に舞いはじめる。
「……あ……」
カオの指が、ぴくりと動いた。
「……ぅ……ヨウ……」
その声は、どこまでも優しく、かすかに微笑んでいた。
「カオ……!」
ヨウが崩れるように彼女のもとへ駆け寄り、涙で顔を濡らしながら抱きしめる。
「……おかえり、ヨウ」
「……おかえり、カオ……!」
この瞬間——
バグっていた物語は、静かに、確かに、修正された。
それは、仕様でもコードでもなく。
祈りと、願いと、つながりによって、成された『奇跡』だった。




