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10-6 仕様を超える祈り

最上階、第四階層——魔王の間。


足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。


まるで時間そのものが凍結したかのような、重く澱んだ気配。天井は暗雲のように渦巻き、黒い雷が静かに脈動している。


壁には不規則なコード文字が浮かび、まるで『ゲームのソースコード』が可視化されたかのようだった。


その中心、巨大な黒の玉座。

そこに座していたのは、かつて仲間だった——黒咲ヨウ。


その足元、呪いの祭壇には桃山カオが静かに横たわっていた。

白い肌、閉じられた瞼。まるで時が止まったように、彼女は動かない。


そしてその上空では、黒く燃え盛る火球が揺らめいていた。

それは、ただの魔法ではない。感情と喪失、怒りと絶望が混ざり合った、終末のコアだった。


「……ヨウ」

タクマが歩み出て名を呼ぶ。


「ヨウちゃん……!」

リンの声が震える。


彼女は静かに玉座の肘掛けに手を添え、ふっと微笑んだ。


その笑みは哀しみの仮面のようで、触れれば崩れ落ちそうだった。


「私が……『闇堕ちの黒騎士クロウ』役って、笑えるよね。だってここ、魔王城ディランベルトの玉座よ? 冗談みたいでしょ?」


その声に、微かな狂気と疲弊が混ざっていた。


燃え盛る黒球が揺れ、時折稲妻のように闇が弾ける。


「……もう、遅いの。全部……止められない」


そう言った彼女が、右手を高く掲げる。


「——シャドウ・クロウ、召喚。」


黒い火球が脈動し、音もなく崩れ落ちるように黒い影を吐き出した。


それは人型、騎士——いや、『かつてそうだった者たち』。


一人、また一人、()()()()()()()()()()()()()()()()()


顔は歪み、歩みはぎこちなく、だが確かにその鎧はかつて帝国最強と謳われた聖騎士のものだった。


「うわっ、うわっ、うわっ……出過ぎじゃね!?」

リュウジの声が裏返るほど、空間はシャドウ・クロウで埋め尽くされていく。


「まったく……あの帝国一の剣聖を、ゾンビに貶めるとは、なんたる暴挙……許すまじッ!」

グラムが咆哮し、ストームブリンガーを振るう。


「しかも……このゾンビ、全然クロウらしくない!」

セレノが怒りを込めて言い放つ。


「彼には……誰も寄せつけない孤高の気迫があった! それが……こんな腑抜けた歩き方とは!」


「台無しだよ、あの色男が!」

ヴェルザは魔神の筆を振るい、スチームスケッチ《地獄犬ケルベロス》を召喚!

三つ首の獣が咆哮を上げ、シャドウ・クロウを食らい砕く。


「剣の構えがなっとらん! 手入れも甘い!」

ドゥーガはゾンビの剣を弾き飛ばしながら吠える。


だが、いくら倒しても、倒しても——湧いてくる。


「これじゃ、キリがないですよ先輩ッ!」

テルキが叫ぶ。


「……足りないんだ。六英雄が」

タクマが呟く。


「エンブレIIIでは、ノア姫が死に、代わりに妖精族のファル・フィンが六人目の英雄になるシナリオだった。だが今は、ノア姫ことカオはこの祭壇に眠ったまま、クロウも……いない。ファルを入れてもやはり六人目が欠けてるんだ」


リンが悲鳴のような声を上げる。

「ヨウちゃん、お願い! もうやめてよ、止めてよぉ!」


そのとき——


静かに、ファルが口を開いた。

「……タクマ……アタシね、『六英雄のエンディング』って、あんまり好きじゃなかったんだ」


彼女の声は、泣き出しそうに震えていた。

「たしかに、シナリオ通りだったのかもしれない。ノア姫が死んで、アタシが六人目になって、世界は救われた……だけど、それで本当に良かったの? あの結末で、本当にみんな満足したの?」


彼女の小さな体が震える。


「アタシは……どうしても悲しかった。だから、禁じ手を使った。 あのシナリオをやり直すために……アタシは、『開発者』たちをこの世界に来てって祈ったの。()()()()()()()()()()()


「な……ゲーム側からの召喚……!?」

リュウジが言葉を失う。


「うん。ノア姫を救いたかった。でも、何度祈っても、仕様が強すぎて変えられなかった。


ルールに縛られて、エンディングを変える力なんてなかった……。それが、どれだけ悔しかったか……」

ぽろり、とファルの目から涙が零れ落ちる。


「だから……お願いしたの。『誰か、この仕様を変えて』って。 ——そしたら、アタシの祈りに応えて……タクマたちが来てくれたの」


その言葉に、仲間たちの背筋が凍りつく。


ファルは『ゲームの内側』から抗い続けていた。


物語の登場人物でありながら、『この結末は違う』と、誰にも届かない場所から願い続けていた。


そして、祈った。


ただ、誰かが現れてくれることを——奇跡を。


「……お前が呼んだからだろ……!」

玉座の上で、ヨウが震えながら立ち上がった。


「カオが死んだのは……お前のせいじゃないか……!」


「そうだよ。アタシが呼んだ。変えてほしかった。だけど、アタシには『コード』に触れる力はなかった……。知っていたけど、変えられなかった。それがどれだけ苦しかったか……!」


ふたりの『無力感』がぶつかり合い、しかし次第に共鳴し始める。


——ヨウの目が揺らぐ。


「……私も……カオを止められなかった。ノア姫の運命を知っていたのに……彼女は役割を演じ続けた。カオが死んで、私は……この物語を心から憎んだ。でも……ファル……お前は、それを耐えて、ずっと願ってたんだな……」


そのとき、黒い火球——ノクターナル・ノヴァが膨れ上がり始めた。


制御が効かなくなっている。


空間がひび割れ、魔王城そのものが軋みを上げる。


「ヨウ! ノヴァが暴走してる、制御しろ!」


「無理よ……もう、止まらない……!」


だが、ファルは飛び込んだ。


ヨウに駆け寄り、抱きつくようにして叫ぶ。

「お願い、アタシも変えたいの!! 今度こそ、変えられるはずなの!! だって、あなたが来てくれたんでしょう!? 『奇跡を起こす人』が……!」


ヨウとファル——ふたりのコードが重なり、共鳴する。


そして。


——その瞬間。


ノクターナル・ノヴァの中心に、ひとすじの光が差し込んだ。


それは、かつてこの世界で確かに奏でられていた音色。呪いの祭壇に眠る、カオのセラフィーナが——震えた。

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