10-5 魔シン式崩落フロア
迷宮第三階層——
目の前に現れたのは、無限に広がるかのような黒鉄のホールだった。天井は見えず、四方の壁面も霞がかって実体を掴めない。まるで、空間そのものが『虚構』で編まれているようだった。
床は一枚岩のように静まり返り、中心に円形の装置が埋め込まれている。
「……これが第三階層か。空間、完全に切り替わってるな」
リュウジが辺りを見回し、魔力探査を試みる。
「エレベーター、みたいなギミックっぽいな。床全体がプラットフォームになってる。魔導昇降式……旧文明製か」
「ってことは、上昇する仕組みだな。まるで最後の審判にでも向かうような気分だぜ……」
グラムが肩の大剣ストームブリンガーを静かに叩きながら言った。
そのとき。
重々しい振動とともに、床が鈍く光を放ち始める。昇降装置が稼働したのだ。
「みんな、乗って! このフロアごと……上がってる!」
ファルが指差した瞬間、床全体が音もなく浮上し始めた。滑らかで、異様に静かな浮遊。だが、それが逆に不気味だった。
「これも……何かあるぞ、きっと!」
ドゥーガが辺りを睨みつけながらつぶやいた——その直後。
ピコン。床の一部が微かに光った。
「……ん? なんだこれ――うわッ!?」
ドゥーガが乗っていた場所が一気に消失した。地面が音もなく『抜け落ちた』のだ。
「うわあああああああ!?!?!? ちょっとまってちょっとまってああああああ!?!?」
咄嗟に飛び退いた彼はギリギリで落下を免れたが、その床の穴は底の見えない奈落へと続いていた。
「どわああ……ッぶねえ!!」
「今のって……」
ファルが羽をばたつかせながら浮き上がる。
「床が光ったところに乗ったままだと、落ちちゃうよー! これ、魔シン式崩落フロアだよ、みんな!!」
「マジかよ……罠付き昇降エリアとか、聞いてないぞ!!」
テルキが顔をひきつらせる。
「タイミングで光る床が切り替わる……完全にアクションゲーム仕様じゃねぇか!」
リュウジが手をかざして床の挙動を解析しようとするが、魔力信号が混線して正確な予測ができない。
「これ、マップも魔法も無効化されてるっぽいね……」
リンが眉をひそめた。
「おっさんをなめんなよ!まったく!」ドゥーガもヘトヘトだ。
「となると……目視と感覚で対応するしかないってことか」
タクマが周囲を見渡し、刀を握りしめる。
「全員、ファルの指示に従って移動! 光る床に絶対乗るな!!」
「りょーかいっ! いま、左の前方が光ったよ! 次は右後ろだよっ!」
ファルの甲高い声がホール中に響く。仲間たちは次々に指示を聞いて動き出す。
「三時方向、回避!!」
「九時! 跳べッ!!」
「そこ光るよテルキー! 下がって!!」
「へっ!? うわあああ!? た、助かったッス!」
床が抜けては閉じ、また別の場所が光る。そのたびに誰かが叫び、跳ね、踏みとどまり、次の一歩へ進む。
浮上する昇降フロアは、時間が経つごとにスピードを増し、床の切り替わりも加速する。
「くっそ、パターンが複雑化してる! フェイントまで入ってきやがった!」
リュウジが叫ぶ。
「魔シン式崩落フロア第III形態、ランダム要素入り! これはプレイヤー殺しにもほどがある!」
「まるで、誰かの『呪い』みたいだな……」
セレノが低く呟いた。
「……その『呪い』って、魔王の意思ってことか……」
タクマの言葉に、空気が一瞬、静まる。
ファルの声が、再び響く。
「あと少しで、上階に到着だよ!! ここからがラストスパートっ!!」
「ラストだってよ……やってやろうぜ!」
グラムが気合いを入れ、大剣を担いで飛び跳ねる。
「ここで落ちたら、笑い者ッスよ!」
「それだけは避けたいわね!」
リンとテルキが笑い合う中、最後の一撃のように床が一斉に明滅を始める。
「今だッ! 跳べぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
タクマの号令とともに、全員が一気にダッシュ——
そして、煌めくように光が止んだ。
フロアが静かに停止し、天井だった場所がスライドして開いた。
彼らは、魔王城の最上層——『玉座の間』に到達したのだ。
一瞬の静寂。誰もが息を整える。
「……落ちずに済んだ。全員、生存確認」
タクマが静かに言うと、全員が大きく頷いた。
「この次が……最後だな」
「ええ……ここが、物語のエンディング」
「けど、結末は変えられる。それが——俺たち、ゲーム開発者だから」
タクマの視線の先には、巨大な扉があった。
禍々しくも荘厳な紋章が刻まれたその扉の向こうに——ヨウが待っている。
光と闇の交差点。
生と死の境界線。
そして。




