10-3 魔シン式監視ドーム
魔王城ディランベルト、内殿。
崩落した外壁を越えた先に広がっていたのは、静謐な恐怖に包まれた巨大な空洞だった。
タクマたちが踏み入れたのは、黒鉄と岩塊で組み上げられた『逆さピラミッド』の迷宮。外界の喧騒が嘘のように、冷え切った空気と不気味な機械音が、微かに奥から響いてくる。
「上が……正解だ。ピラミッドを逆さにしたようなカタチだったから、ひたすら上に向かわなきゃダメなはずだがな」
リュウジが天井を見上げながら呟く。彼の言葉通り、ここは《逆ピラミッド構造》の迷宮。先端が下空に突き出す異形の構造体だった。
階段は急峻で、壁には意味不明な古代文字と魔導回路がびっしりと刻まれている。床の一部は赤く発光し、熱を帯びた蒸気が漏れ出していた。ひとつの間違いが、即死に繋がる。
「油断できねぇな……この迷宮、普通に『殺し』にきてやがる」
グラムが低く呟き、肩の大剣ストームブリンガーを握りしめた。
そして——第一階層の中心に差し掛かった瞬間。
金属の軋む音が天井から響いた。
「上だッ!!」
タクマの叫びと同時に、天井の石板が割れ、そこから『それ』が降ってきた。
黒鉄と古代の金属を組み合わせた、四脚歩行の戦車。球状のボディに、脚部はクモのような構造。両脇には砲塔が伸び、中央の目のような赤いセンサーが、彼らを睨みつけた。
「《魔シン式監視ドーム》ッス! エネミーデータにあった旧時代の監視兵器!」
テルキが目を見開いた。
魔シン式監視ドーム——古代の防衛機構が暴走したもので、弾道追尾レーザーと魔導榴弾による遠距離殲滅を得意とする。しかもこの個体は、どうやら複数の自己修復式ドローンを内蔵しているようだった。
「こいつ……単体で小隊クラスの火力があるぞ!」
タクマが三日月ムネチカを抜き放つと、ドームの砲身がこちらを捉え、赤く輝いた。
咆哮のような砲撃音。
青白いレーザーが迸り、迷宮の床を灼き裂いた。熱線が走った瞬間、床石が溶けて赤熱し、タクマたちは散開して回避する。
「くっそ、レーザーの照準がえぐい! 動きに追従してくるッ!」
「魔導サーチか……厄介ね」
ヴェルザがスチームスケッチを開こうとするが、周囲に浮かぶドローンがノイズを発して妨害してくる。
「スケッチが阻害されてる!? 魔力干渉フィールド……!」
「ちっ……手を出せば焼かれ、下がれば砲撃される。これはジリ貧だな」
グラムが一歩前に出るが、ドームが再び目を赤く光らせ、前脚を突き立てて突進体勢を取った。
「……なるほど。では、跳ね返すまで」
重低音の声が迷宮に響いた。セレノだった。
黒のローブを翻し、彼は悠然と前に出る。そして、静かにマジックロードを構える。
「マジックロード——リフレクト・アーク!」
その瞬間、セレノの周囲に幾重もの鏡面の結界が展開された。透明な障壁が空間を包み込み、歪んだ光を乱反射させる。
「武器と盾、それぞれにこの結界を貼る。反射を制御して撃ち返せ」
「なるほど、レーザーを跳ね返すんスね!」
「実験開始だ。さあ、派手に撃ってこい、鉄の亡霊よ」
次の瞬間、魔シン式監視ドームがレーザーを放った。だが、その光線はセレノが差し出した魔導盾に当たり——弾かれた光が角度を変え、真っ直ぐドーム本体へ逆流した。
「命中! 自己弾道でのダメージ、通ってます!」
リュウが叫ぶ。
「次は俺の番だな!」
タクマが刀を構えた。セレノが一瞬だけうなずき、刀身に反射結界を貼る。
「——いくぞ、月牙封斬!!」
跳ね返る斬撃。残像を残して駆け抜けたタクマの刃が、敵の左脚の装甲を弾丸のように抉る。
「やった、脚部がぐらついてるッ!」
「フレームスケッチ——今なら通るはず……! 《戦雷神ライゴルナ》!!」
雷の召喚獣が飛び出し、雷撃を放つ。一瞬の隙にテルキも叫んだ。
「錬金術式展開——《グラビティ・スパイク》!!」
重力杭が敵の脚部を押さえ込み、動きを止める。そして最後の一撃——
「グラム、いけッ!」
「グランド・ラグナロク——《神壊剣》!!」
大剣に雷が集まり、一撃が空間ごと敵を斬り裂いた。魔シン式監視ドームがけたたましく鳴動し、火花を散らしながら崩れ落ちた。
——勝利。
焦げた金属臭と、冷たい蒸気が漂う中。タクマたちはしばし無言で立ち尽くしていた。
魔シン式監視ドームの目のような赤いセンサーは、オイルまみれになり、生き絶え絶えに曇っていた。
「……これが、第一階層かよ……」
リュウジの息が荒い。
「なかなか……狂ってやがる」
「でも、進める。上に……ヨウがいる」
タクマはそう呟くと、誰よりも先に階段を見上げた。




