1-3 戦士の帰還
夜がようやく明けかけたその瞬間だった。
まだ空に星の名残が残る薄明のなか、大地を割るような轟音が響いた。まるで天が裂け、世界が悲鳴を上げているかのようだった。
それは静寂を喰らう呪いの咆哮のようだった。
村の片隅が、音も形も歪めながら消し飛んだ。
土煙が上がり、振り返る間もなく、グラムの家が炎に包まれた。紫色の火球が空を切り裂き、家屋の中心へと突き刺さる。
それはただの炎ではなかった。
球体の中央には、巨大な髑髏の顔が浮かび上がっていた——その口が開いたとき、死を告げる言葉が吐き出された。
「我は、魔将六傑のひとり。髑髏騎士——スカルツァ。戦士グラムよ、冥界に迎えに上がった」
その声と同時に、光と煙の中から姿を現したのは、金色の鎧をまとい、全身が白骨で構成された異形の騎士。虚ろな眼窩の奥には、不気味な紫光が燃えていた。両手に細いレイピアを二刀流で持っている。
空気が一瞬にして凍りついた。
「うっわぁ……スカルツァ、ゲームのときより三割増しでカッコいい……」
場違いな感想を漏らしたのはリンだったが、その興奮もすぐにかき消された。
「感心してる場合かバカ! 殺されんぞ!」
リュウジの怒号が飛ぶ。
次の瞬間、紫の炎の中から這い出てきたのは——骸骨たち。黒ずんだ骨と錆びた鎧に身を包んだ亡者たちが、ゆっくりと、だが確実に歩み寄ってくる。
「髑髏隊……やっぱり来たか」
タクマが苦々しく呟いた。
スカルツァの眼光がグラムに向けられ、低く問いかけた。
「お前は我が主に抗った黄昏の六英雄のひとり……戦士グラム・ライナルトだな?」
だが、グラムは顔をしかめ、野菜くずまみれの手で頭をかいた。
「……私は確かにグラムだが、戦士ってのはちょっと……今はただの農夫だ」
「いや戦士やんけ!」
テルキが突っ込みを入れるも、緊張が解けることはなかった。
亡者の群れはじりじりと距離を詰め、剣と斧を構える。生者の肉を求めて、冷たい目でタクマたちを見据えている。
「充電、満タンっス! 各自、端末起動をお願いしやス!」
テルキの声が辺りに響いた。直後、タクマたちの背中や腕に装着されたデバイスが光を放つ。魔力を変換したエネルギーが解放され、それぞれの装備が姿を変える。
「なんだこれ……杖? よし、マジックロッド:エグゼクト・フレーム!」
リュウジが掲げた黒い杖から、雷のような閃光と共に爆炎が放たれ、迫り来る骸骨の一体を吹き飛ばした。
「フレームスケッチ——召喚《炎竜ドラグレス》!」
リンが素早くタブレットに魔導ペンでドラゴンを描くと、そこから炎の精霊が咆哮と共に飛び出し、地面を走る炎が敵を焼き払った。
「僕もいくぜ! 錬金術式展開——スチームハンマー!」
テルキが振るう巨大ハンマーには銃の引き鉄のようなものが付いている。引き鉄を引くと巨大ハンマーから蒸気が爆音と共に吹き出し、骸骨たちを破砕、灰と火花が空に舞った。
タクマは一歩引いて、自分の装備を見た。腕にはハンドヘルドPC、背中には——《三日月ムネチカ》。
「……これは、まさか…!?」
タクマの目がスカルツァと交差したその瞬間、死神の眼光が彼を狙った。
「おい、そいつのターゲット、設定変じゃね!?」
リュウジの叫びに、タクマはすぐに端末を操作し、“索敵対象”のログを確認する。
【ターゲット: タクマ・アカギ】
「……なんで俺が!? まさか、グラムって……!」
突如、グラムの記憶が奔流のようにタクマの意識へと逆流した。雷と炎、血に染まる戦場。重なる痛みと誓いが胸を焼き、タクマの瞳が深紅に染まる。次の瞬間、空間が軋み、ファルの全身が輝いた。
「アークコード発現。バグ干渉、可能!」
ファル・フィンの声が響く。空間がねじれ、システムが応答する。
《思考フラグ:第一ボスモンスターの索敵目標、再設定》
《【タクマ・アカギ】から【グラム・ライナルト】へターゲット変更》
《戦士【グラム・ライナルト】の【記憶】を再インストール》
スカルツァの顔が一瞬だけ止まり、その視線が再びグラムへと戻る。
「そうか、分かった! ここで仕様変更します!」
タクマが叫んだ。
「農夫グラムは、『戦士グラム・ライナルト』へと再起動! 農業鋏はストームブリンガーへ進化! 髑髏騎士スカルツァとの一騎打ちを開始せよ!」
「蘇れ、戦士グラム!」
タクマは命じる。
「ファルはグラムについて、リュウジは俺に、リンはテルキについて、各自LLBフォーメーションだ!」
彼らは迷いなく動いた。
《リンク・ライン・バトル(Link Line Battle)——パーティの連携を最大限に活かす戦闘システム。その動きは、まるで仕事のときのように自然だった。
「私は……私は、ラサラ王国第一部隊隊長、戦士グラム・ライナルトなり!」
彼の声が、村の空に響き渡る。
グラムの背に光の柱が立ち上がる。
赤く染まった大剣——伝説のストームブリンガーがその手に現れた。