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10-1 黒き呪いの胎動

漆黒の空が、魔王城ディランベルトの尖塔を赤く照らしていた。星脈網を駆使した魔導ネットワークによって転移してきた黒咲ヨウは、すでに呼吸すら忘れていた。


魔王城最深部。漆黒の大広間に浮かぶ呪いの祭壇。その上には、まるで眠るように、いや、永遠の時に囚われたかのように、桃山カオが静かに横たわっていた。


薄紅の唇にはもう音はなく、白磁のような肌には温もりの欠片さえ残っていない。ノア姫が愛した楽器——ハープとフルートが融合した異国の神器『セラフィーナ』だけが、哀しげに光を放ち、カオの手の中で微かに震えていた。


ヨウはその姿の前に、崩れ落ちた。


「カオ……」


一言、それだけで声がかすれた。膝を床に突き、力なく彼女の頬に触れる。冷たい。その冷たさが、現実を突きつけてくる。


「復活魔法でも……あれば……」


絞り出すような声が空気を震わせたが、返答はなかった。ただ、遠くのどこかで石が落ちる音が反響するだけだった。


誰も来ない。誰も助けてはくれない。


「誰も……」


喉の奥で言葉が崩れた。


彼女は思い出していた——この後に訪れる地獄を。シナリオ通りなら、まもなく《ノクターナル・シンドローム》が発動し、世界は混沌の渦に呑まれる。そして、五英雄が現れ、妖精ファルがノア姫の代わりに六英雄目として戦列に加わり、世界は終焉に向かって走り出す。


だが、そこにカオの姿はなかった。


「……やっぱり、そうなのね。彼女はこのまま——物語通りに、死ぬのよね」


再び俯いたその瞳に、鈍い紅が宿った。静かに、しかし確実に、感情という名の針がヨウの胸を貫いていく。


喪失。後悔。絶望。


それらが混じり合い、彼女の中で黒い炎となった。想っていた。カオだけを。生きる意味を教えてくれたのも、彼女だった。なのに、どうしてこんな結末を受け入れなければならない?


——こんな世界、いらない。


「……カオがいない世界なんて、どうでもいい」


彼女の声音が変わった。硬質で、冷たい。そして何よりも、恐ろしいほど静かだった。


その瞬間、ヨウの瞳が血のような紅に染まり、両掌が灼熱のオレンジ色に光り出す。まるで、地獄のマグマをその手のひらに宿したかのようだった。


「だったら……私にできることは、ただひとつ」


彼女の足元から、黒い煙が立ち上り始めた。それは魔力の奔流——いや、怒りと絶望が具現化した呪詛のオーラ。神聖なる《聖剣ミカエリオン》さえ、ヨウの変化に共鳴し震えを帯びていた。


「この世界に、真の闇を見せてあげる……」


ノクターナル・シンドローム。元は、ゲームの終盤イベント。だが、ヨウはそれを自らの手で、誰よりも早く、誰よりも深く、現実のものにしようとしていた。


両手を広げ、掌を水平に保つ。空間が振動し、ヨウの掌の間に黒い塊が浮かび上がる。小さな球体だったそれは、すぐに人の頭ほどのサイズに膨れ上がり、闇の渦を巻き始めた。


()()()()()()()()()()()()


その言葉は、かつての自分が創ったはずの演出の名前。ゲームのラストバトルで、ラスボスが放つはずだった奥義。それを今、自分の手で実現するとは——


周囲の空間が崩れ始めた。磁場が狂い、壁を構成していた鉄骨がねじ曲がって宙を舞い、空間に吸い寄せられていく。


渦の中心にある黒い球体は、重力そのものをねじ曲げながら膨張を続けていた。もはやヨウの手からは完全に離れ、制御不能な『災厄』として、現実の空間を侵食し始める。


「……カオ、私、あなたのために……世界を壊すよ」


その言葉に、哀しみも、怒りも、希望もなかった。

ただ——彼女の心には、ひとつの願いだけがあった。


「もう、私たちの運命を、誰にも決めさせない」


そして、祭壇の上に横たわるカオの手元で、かすかにセラフィーナが震えた。

まるで、その想いに応えるかのように。

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