9-3 エデン・ダイス
黄金雲を裂くように浮かぶ空中の楽園——《カジノ・ネフェリム》。その東翼、わずかに霧がかかった回廊を抜けた先に、《エデン・ダイス》と呼ばれる古代式の賭場があった。
天井は半球型のステンドグラスで作られ、陽光のような光が差し込んでいる。
中央には漆黒の大理石テーブルがあり、その周囲を取り囲むように天界の衣をまとうディーラーたちが立っている。
テーブルの奥には、金と銀で彩られた巨大な立方体——『主の骰子』が、鈍く、神々しく鎮座していた。
「こ、ここが……チンチロの最果て……!」
テルキの目がきらきらと輝いていた。
鼻息荒く《スチームハンマー》を背負いながら入場し、その足取りはまるで勝負に赴く伝説の職人そのものだった。
「落ち着け、青年!」
隣を歩くのは初老の鍛冶士、ドゥーガ。
その手には、時折きらりと光を放つ黄金のハンマー《金剛機鎚》がぶらさがっている。
「チンチロリンは、力でも技でもない。『間』と『運』と『欲望』の読み合いだ」
「ふ、深い……!」
ふたりはテーブルの前へと進み、1,000ギルズ分のチップを受け取る。
他の客は見当たらず、まるでこのテーブルは『彼らを待っていた』かのような空気に包まれていた。
やがて、中央の天使ディーラーが口を開いた。
「このテーブルは《主の骰子》によって導かれし試練の場。『運』とは、過去の選択の果てに現れる未来の可能性。ようこそ、エデン・ダイスへ」
テルキは唾をのみ、拳を握った。
「やるぞ、ドゥーガさん……今日は絶対、勝ちます! 負けられないんです。ユゥーガさんのためにも!」
「おうともよ……! この勝負、預けたるは我が鍛えし『筋と直感』だッ!」
その声に呼応するように、《エデン・ダイス》が天使の手によって掲げられ、ゆっくりと宙を回りながら投げられた。
大理石のテーブルを転がる音は、どこか心臓の鼓動に似ていた。
——5・2・1。目は『八』、外れ。
「あーっ、惜しい!」
テルキは崩れ落ちる。「最初から八って!」
「まだ始まったばかりだ。焦るな」
ドゥーガが一歩前に出る。
「見せてやろう……俺の『一番鎚』ってやつをな!」
彼は軽く足を開き、両手を合わせて、天に祈るように言った。
「錬金術式展開——運気転鎚!」
黄金の鎚が光り、テーブルに打ち込まれる——と見せかけて、そっとチップを置いた。
次のダイスが投げられる。
——6・3・3。目は『満貫九』!勝利!
「よぉっしゃああああ!!」
テルキとドゥーガが拳を突き上げる。勝利時には、天井から白い羽の紙吹雪が舞い、祝福の音楽が鳴り響く。
「これは……運じゃない!」
「魂の打撃だ!」
その後も勝ち負けは交互に繰り返される。
熱狂と失望の波が、ふたりの周囲に小さな世界を築いていた。
やがて、残りチップが尽きかけた頃、テルキがドゥーガの袖を引いた。
「ドゥーガさん……ラスト勝負、いきませんか? 俺、ちょっと賭けてみたいんです」
「おう……いくか。『職人魂』ってやつ、見せてやれ!」
テルキがテーブルの中央に立ち、すうっと目を閉じる。
「いきます……! 錬金術式展開——クラフト・エッジ!」
投げられる最後のダイス——その目は、
1・1・1。ゾロ目ヘブン・トリニティ。
「へ、へへへへへへ、へぶんトリニティいったああああああ!!!」
テルキが叫び、ドゥーガが目を丸くする。
天井が開き、虹色の光がふたりを包む。チップの山が魔法のように盛り上がり、白金に変わった。
報酬は「電子式鍛冶用ドリルセット【ユゥーガ型】」と名付けられたアイテム。
「ま、まさか……これ、俺がユゥーガさんに考えてたプレゼントそのまんまじゃないですか……!」
「……誰かが聞いていたってこったな。運命ってやつだよ、青年!」
ドゥーガがくしゃっと笑った。
やがて、ふたりは席を立ち、煌めくフロアを後にした。
テルキの背には、勝ち取った『魂のドリル』。
どこか誇らしげで、彼の歩幅もほんの少しだけ、大きくなっていた。




