9-2 パラディアム・オブ・ミラージュ
天空のカジノ《カジノ・ネフェリム》。
白雲に浮かぶ夢幻の娯楽宮殿の一角、《パラディアム・オブ・ミラージュ》——それは、煌びやかな光と音が渦巻く、幻影のスロットフロアだった。
天使たちが軽やかにホバリングしながらチップを受け取り、ひとたび扉が開かれると、幻想の万華鏡にでも紛れ込んだようなまばゆい世界が広がっていた。回転するリールは水晶の柱に包まれ、レバーを引くたびに光の文様が天井を照らす。
「すっごい……! このエリアだけ、別の世界みたい」
リンは目を輝かせた。彼女の手には女神のペンとフレームスケッチ。召喚ではなく娯楽の世界で使うのは初めてのことだったが、どこか気後れしつつも笑みを浮かべていた。
「この機体、リールが五重回転……なるほど、確率分布の歪みが仕込まれてるわね。挑戦してみる価値はあるかしら」
ヴェルザもまた、冷静にスロットの構造を分析していた。彼女の魔神のペン先がスチームスケッチを撫でるたびに、パネルの幻光がちらつく。
最初は1,000ギルズから。ふたりは隣り合って並ぶ《ミラージュ・マシン》に腰をかけた。
その名の通り、幻の果実ミラージュ・フルーツや、精霊のエンブレムが揃うたび、光のシンフォニーが炸裂する仕掛けだ。
「えいっ」
リンがレバーを引く。リールが滑らかに回転し、キィン、ときらめく音を立てて停止。
「うーん、惜しい! あと1つで《フェアリーブロッサム》だったのに~!」
「私は……」
ヴェルザが目を細める。カチリ、という小さな音とともに、《マーメイド・セプター》が3つ揃った。
「……50,000ギルズ獲得、か」
「やるじゃんヴェルザ! 私も負けてらんない!」
再び回す。回す。
時折、幻影の召喚獣が画面を横切る演出があり、それに反応するように光の魔法陣が足元に浮かび上がる。客はみな、魔法の演出に拍手を送る。
「やばい、ちょっと楽しくなってきたかも……!」
リンの瞳が爛々と輝いている。
「ねえ、今の演出ってさ、《銀翼竜ヴェルグリス》っぽくない? 」
「ええ、たしかに。これは幸運が回って来るかもしれないわね」
ふたりはどんどん熱中していく。
やがて、リンの画面が金色の光に包まれた。
「わっ、きたっ……!?」
《スーパーミラージュゾーン》突入——画面中央に七色の彗星が走り抜け、スロットの枠が炎の輪に包まれた。
「これ、最上級演出じゃない!? フレームスケッチ《氷牙神フリュギア》で揃えて……えいっ!!」
レバーを引く。リールが回転し、スローモーションになった。
バシシ、と鳴る。
《氷牙神フリュギア》のシンボルが三つ、氷のように並んだ。
——ジャックポット発動。100万ギルズ獲得。
「やったぁぁあああーーー!!」
リンの歓声に、天井のクリスタルが共鳴し、祝福の旋律が鳴り響く。
ヴェルザも口元に穏やかな笑みを浮かべた。「お見事ね、リン」
「ねえねえ! ヴェルザはどう? まだ回してる?」
「ええ、少しだけ……」
その声とともに、ヴェルザの機体もまた金色に輝いた。
《幻影聖女エル=リリス》がスロットに現れ、そのまま3枚揃い、ジャックポット演出・神託の祝福へ突入。
こちらも——100万ギルズ獲得。
「……偶然とは思えないわね」
ヴェルザの声は静かだったが、どこか誇らしげでもあった。
「ふたりとも! おめでとうございますぅ〜♡」
ファルが宙から舞い降りて拍手する。
「この勝利、幸運の女神の加護があったに違いありません!」
「ふふ、私はこの《氷精のミラーコンパクト》もらう~♪」
リンは端数の交換で、氷の精霊を象った化粧品を選び、髪にあしらうようなアクセサリーを手に入れた。
「私は《時花のイヤリング》にするわ。きっと今後の運気も良くなる」
ふたりが微笑み合い、スロットホールを後にする。
その背後では、カジノの天使たちが、薄く口元に笑みを浮かべていた。




