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8-4 旅立ちの鐘

遺跡の中心にて、ギオルグがその真の姿を現した。


無数の虫を束ねた漆黒の塊が、甲虫の鎧を纏うように形成されていく。中枢には赤黒く脈動する心臓のような核——ギオルグ本体が潜んでいた。


「デス・ポリネーターッ!!」


咆哮と共に、猛毒を含んだ花粉が辺り一帯に霧のように噴き出される。花弁から放たれた微細な毒粉が光を受けて輝きながら、フェアリオンへと降りかかる。


「美しい花をそのように使うとは、虫としては失格ね」


フェアリオンの声は冷たく響き渡った。六枚の羽が唸りを上げ、空気を裂くように旋回する。宙返りして攻撃を回避しながら、毒粉の中にあってもなお光を放つその姿は、まるで神話の妖精騎士のようだった。


「キサマモ……ヨウセイゾクデ……アレバ……ワレト……カワラヌワ……」


ギオルグの中心部に光る赤い瞳が、怨念を乗せて輝く。

「インセクティア・ドレイン!!」


その叫びと同時に、ギオルグの体から放たれた虫たちが渦となり、フェアリオンの身体を覆い尽くす。まるで闇の繭のように妖精の騎士を包み、命を吸い取ろうとする。


「こころ優しい妖精の裏道を使うとは……許しませんよ……っ!」


フェアリオンの右手が鞭を掲げると、それは蠍の尾のようにしなる。

「スカーレット・ファング!!」


紅の光が走り、漆黒の虫たちは悲鳴のような音を上げて霧散していく。鞭が蛇のように躍り、フェアリオンの白い甲冑を汚していた闇を斬り裂く。


「これで終わりよ——《ロゼ・レクイエム》!!」


バラの荊のように鞭が複雑に絡み、ギオルグを縛り上げる。多面体の構造を成し、圧縮し、絞め上げ——そして粉砕した。


「ブランダ……サマハ……マダ……コノ……セカイニ……オラレル……ワスレルナ……」


ギオルグの最期の言葉が虚空に溶けて消える。


一同は沈黙した。『ブランダ』——その名に心をざわつかせながら。



平穏が訪れた。激闘のあと、光の湯けむりが立ちのぼる秘湯——ルミナス温泉。

ノクターナル・シンドロームのせいで少し淡い月の光と、白い花が咲き誇る露天風呂に、ようやく安息の時が訪れる。


「やっぱココは……天国スねぇ……」 テルキが目を細めてうっとりと呟く。


「伝説のルミナス温泉……夢にまで見たわ」 セレノが感嘆の声を漏らす。


男湯ではグラムが湯船の中で腕立て伏せを始めている。

「何事にも鍛錬だ!」と叫びながら湯を跳ね飛ばす。


女湯では、リンとヴェルザ、そして三姉妹が湯に浸かりながら語らっていた。

「……あの虫のやつ、最後に言ったよね、ブランダって」


「ねぇ、ヴェルザさん、カオちゃんって本当に戻って来れないのかな……」


やがてのぼせた三姉妹は天国の塔の屋根に座り、月を見上げていた。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()」マァルが尋ねる。


「うん、でも……全部が想像の外なの。タクマたちが現れて……いつもと違う感じ」


「でも、あの人たちは悪い人じゃない」シャルルが静かに言った。


「うん、そうなの。わたしも……ちゃんと見届けなきゃって思う。これは、わたしたちみんなの物語だから」ファルの声には決意がこもっていた。



夜明け。火力船エクソダスの甲板が新しい風を受けてきしむ。エルヴァーンの港で、ファルの両親が駆けつけてきた。


「3人とも、本当にありがとう。ファルを、どうかよろしくお願いします」


「父さん母さん、最後に変身できたんだよー!」ファルは少し照れくさそうに笑った。


「それも見たかったのう。でも、これじゃ——皆の者、出ておいで!」

——ぱっと、甲板に無数の妖精たちが舞い降りた。


天国と塔の鐘が、高らかに鳴り響く。


「鐘が……鳴ってる」リンが呟く。


この世界のどこかにいる、勇者たちの道を照らすように——旅立ちの鐘だった。


そして、改造を終えた火力船が音を立てて唸りを上げる。


「このボタンかな……?」

ドゥーガが押すと、船体両側のチェーンソーが展開し、円形のプロペラに変形する。


「浮いてる!?」


「まさか、これは!? 《飛行艇エクソダス》!  みんな早く乗った、乗った!」


妖精族の知恵と祝福を受け、エクソダスは空を駆け上がる。

空は、まだ夕焼けのように赤く染まっていた。海猫の群れなのか、黒い鳥のような塊が渦巻き、空に不穏な影を描いていた。


「ノクターナル・シンドローム……まだ止むことはなさそうだな」 タクマが静かに呟く。


「『永遠なる夜、ネバーナイト』が来るって話だ」リュウジが空を睨む。


「そんな……ゲームが終わらない世界?」リンが戸惑う。


「《黄昏の六英雄》が揃わない限り、ノクターナル・シンドロームは止まらない。そしてそのためには——ヨウとカオが必要だ」


タクマが手にする赤いノートの中の文字が、まるで運命のように滲んでいた。


ファルが、遠ざかる『ふる里』を振り返る。


妖精の島エルヴァーンは、ゆっくりと見えなくなっていった。

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