8-3 花と虫と迷宮と
妖精の聖域エルヴァーン、その地下に広がる古の遺構。ダンジョンの入り口は、天国の塔の根元から枝分かれするかのように口を開いていた。
ファル、グラム、セレノ、ヴェルザ、ドゥーガの五人は北の回廊を進み、マァル、タクマ、リュウジ、リン、テルキは南の通路を探索する。シャルルは塔の近くから全体を俯瞰し、皆の進行状況を見守っていた。
ダンジョン内部は、まるで夢の中に迷い込んだかのように錯綜していた。壁は苔と蔦に覆われ、あちこちに咲く紫の花が淡く発光している。その花弁から、まるで命を授かったかのように、小さな黒い虫たちが這い出てくる。
——それは《幻蟲花ギオルグ》。魔将六傑の最後の一角、その身体の断片が、この迷宮全体に芽吹いていたのだ。
花と虫、それらすべてがギオルグの一部だった。
無数の幼体が地下に群れをなしていた。彼らの狙いはただひとつ——教会の『根』を喰らい尽くし、聖なる鐘を沈黙させること。
天国の塔は建築物ではなく、聖なる大樹と石造建築が融合したような、自然と信仰が溶け合った《高次の存在》だった。
「なんだこの数は……っ」
ヴェルザが唸るように呟き、黒光りする筆を抜く。
ファルたちは息をひそめ、息苦しいほどに狭く複雑な迷路を右往左往しながら、虫の群れと何度も交戦を繰り返した。
「ヘヴンズ・クライ《絶雷》!!」 グラムの《ストームブリンガー》が天雷を纏い、一直線に雷撃が走る。稲光に貫かれたギオルグの幼体が次々に焼き焦がされ、黒い殻を軋ませて倒れる。
「朧牙一閃ッ!」 タクマの《三日月ムネチカ》が、閃光のような一閃で空間を切り裂いた。疾風の居合が走り抜けるたびに、虫の群れが血のような液体を撒き散らしながら弾け飛ぶ。
「こんな大事な場所に、簡単に入ってこられるなんて、こいつら……何者なんだ⁉︎」 テルキが叫び、背中を這う戦慄を押し殺す。
「この数と迷路じゃ、キリがねぇな……」 リュウジが歯噛みしながら周囲を警戒しつつ、コード解析を進めていた。
「親玉はどこに潜ってやがる……?」 ドゥーガがハンマーを構え、薄暗い通路を睨みつける。
その時、塔の上のシャルルの声が響いた。
「鐘が……鐘が狙われてるわ! あの怪物の狙いは、『鐘』よ、きっと!」
ファルの瞳が、閃光のように光った。
「リリカ・トゥワイン・バシュバシュッ! いたずら星の矢、飛んでけーっ!」
光の星弾が彼女の指先から放たれ、連続して一点に集中砲火を浴びせる。紫色の花の影にひそむ異様な気配が、炸裂とともに揺れた。
「なんだその魔法、聞いたことないぞ!?︎」 テルキが目を見開いた。
「隠れてる敵を見つけるための魔法だよっ!」
地面が震え、石畳の裂け目から現れたのは——巨大な蛾のような頭部に甲虫の身体と花の手足を持つ、忌まわしき存在。
魔将六傑、幻蟲花ギオルグの姿だった。
「ナゼ……ワタシノ……スガタガ……ミエタノカ……?」 低く、呻くような声が迷宮に響き渡る。
ファルは後退しつつ、冷静に応じた。
「ごめんなさい。それどころじゃないの!」
彼女の身体から、光が溢れ出す。
「アークコード、発現……バグ干渉、可能!」
《思考フラグ:第五ボスモンスター:虫たちの集合を確認》
《群虫の危険性を確認中——アテンション:物語進行停止の可能性——85%!》
《ファル、マァル、シャルル三姉妹による【変身魔法】フェアリオン・トリニティを発動!》
三姉妹が並び立ち、その姿に妖精の輝きが宿る。
「私たちの魂の故郷を守ってくれて、ありがとう」
「三人揃えば……妖精族の誇り、見せてみせます」
「今回はアタシのせいだし、がんばっちゃうーっ」
「え!? いまなんて言った!? 三姉妹の『変身魔法』? そんな仕様、聞いてないぞ! テルキ、知ってたか!?」
(先輩、ここは妖精の国っスよ……ファルたちに華を持たせてやってくださいよー)
「……わかった! 仕様変更、いますぐ行います!」
「未使用データを使って、オリジナルキャラ構築——! 妖精の三姉妹、《変身魔法フェアリオン・トリニティ》により、《ホワイト・フェアリオン》へと変身! そして装備は——薔薇の棘の鞭、《ヴェルベット・スコーピオン》を付与!」
「リンちゃん、リュウジ、テルキ、あとは任せたよ!」
(うぅ〜、3営業日かかる処理を3分でやるとか泣けるぅ〜)
(バカヤロー、回線の帯域食いすぎだ。テルキ、設定変更急げ!)
その時、地下遺跡に光が差した。
現れたのは——光に包まれた『ひとり』の妖精の騎士。
「三つの心、三つの力、三つの願い——いま、ひとつに!」
掌の妖精だった三姉妹が融合し、人間サイズとなる。六枚の羽根が放つオーラはまばゆく、白銀の甲冑に黄金のラインが映える。ヴェルベット・スコーピオンは薔薇のように妖艶な棘を持ち、グリップには蠍の意匠が刻まれていた。
「エルフの戦士——ホワイト・フェアリオン! ここより、ボス戦を開始しますわ!」




