8-1 帰郷
火力船エクソダスは錆の海を抜け、東方ナヴィルの環礁を滑るように進み、セイレナールと対話し海獣を鎮魂した。
空はずっと燃えるような赤や紫をしており、遥か地平には暗雲だけが広がっていた。
しかし、風は穏やかで、白い帆が優雅に膨らむ。潮の香りと波の音が、かつての戦場にいた者たちの心を、少しだけ柔らかくしていた。
ドゥーガは一心にハンマーを振るい、皆の装備をひとつずつ丁寧に手入れしていた。火花が飛び、金属の焼ける匂いが甲板に満ちる中、ふと彼は工具を置いて額の汗をぬぐい、薄暗い陽光の下で笑った。
「ふー、こりゃ参った!ちょっとひと息入れよう!」
その声を合図に、皆が手を止める。夕陽が水面を黄金に染める中、釣った魚と狩った鳥が焼かれ、香ばしい匂いが船上に立ちこめた。
即席のディナーパーティー。食器を並べ、酒瓶が開かれ、四英雄たちは語らいを始める。かつての冒険譚が、まるで昨日の出来事のように蘇る。
グラムは笑いながら、巨漢との力比べに勝った話を披露し、セレノは寺院の僧侶をも上回る詠唱速度で呪文を唱えたと誇った。ヴェルザは得意げに、美しき女性たちを口説いた絵の数々を語り、ドゥーガは真剣な面持ちで、今までで最も困難だった鍛冶、それが《聖剣ミカエリオン》だったと口にした。
ファル・フィンもその輪に加わり、懐かしむように静かに語った。どの物語にも、仲間の温もりと戦いの熱が息づいていた。
別の輪では、タクマ、リュウジ、リン、テルキら現代からの転生者たちが、それぞれの記憶を語っていた。タクマは毎日一つ、RPGの名台詞を赤いノートに書き残していた話を。リュウジは初めて作ったプログラムがスマホのガチャだったと笑い、リンは格闘ゲームのキャラデザインに苦悩したことを話し、テルキは担当したゲームのバグが事前に"視える"と呟いた。
夜が訪れぬ空の下、淡く光る星々を見上げながら、セレノが呟いた。
「そういえば……この船はどこに向かっているのか?」
その問いに、ドゥーガが立ち上がり、指をさす。
「《妖精の島エルヴァーン》さ」
一同が顔を見合わせる。
「妖精の島?エルヴァーン?」
ファル・フィンがぱっと顔を輝かせ、胸を張った。
「アタシの故郷よ!妖精族が暮らす、天国のように美しい楽園——それがエルヴァーン!」
タクマが尋ねた。 「ファルの家族もそこに?」
「うん、お父さん、お母さん、それに……お姉ちゃんも。妖精族はね、《天国の塔》っていう丘の上の教会の鐘が鳴ると、英雄を支えるために旅立つの」
テルキがポツリと呟いた。 「それ、妖精ガチャだ……」
「うるさい!夢を壊すな!」タクマがすかさず突っ込む。
「英雄たちと共に冒険して、たくさんの世界を見て……そして冒険が終われば、また島へ帰ってくるのよ」
その語り口に、グラムたち四英雄も黙って頷いていた。
リュウジが尋ねる。 「ファルは、何年くらい生きてるの?」
「うーん……100年?いや200年かな?あはは、忘れちゃった」
「何周してるか、もうわかんないな」テルキが笑う。
やがて話題は『エンブレIII』の運命に移る。
「そういや、あれって五英雄とファルが《黄昏の六英雄》として魔王ブランダを倒す話だったよね?」
一同が「あー、そうだった」と懐かしむように頷いた。
「でも、聖騎士クロウがいないとな……ヨウちゃんが代役だし」
「ヨウはエフェクト技術はスゴいけど……魔王ブランダを倒してしまったからな」
タクマが重く呟く。
「……それに、カオを生き返らせる方法はないのか。エンブレIでは勇者が死んで、IIでは師匠が……IIIでもリア姫が。もはや《さだめ死》が伝説演出の鉄板みたいになってる」
「そんなに『死ぬ死ぬ』連呼しないでください! コンプラNGっスよ!」テルキが慌てて遮った。
「でも、ほんとのクロウとリア姫は、どこかにいる気がするんスよね……」
その言葉に、ふとファルが遠くを見つめる。
「──あ、見えてきた!あれが……エルヴァーン」
海霧の向こう、虹のような光が差し、まるで蜃気楼のように浮かび上がる島影。木々は宝石のように輝き、空には鳥でも蝶でもない小さな光が舞っていた。
ファルが両手を広げて歌うように詠じる。
「帳を解くわね!トコロ・ピンパ・カチャリン♪ こじあけ開けて、ほら、こんにちは〜♪」
その瞬間、島の結界が波のように解かれ、霧が晴れた。
「初めてファルの魔法、聞いたかも!」 「まるで歌じゃん!」
甲板から見下ろす島は、確かに人間サイズのリゾートのようだった。
「海外のリゾート地みたい~、めっちゃ綺麗……」リンが呟く。
「だろ? グラムたち人間が入る前提で作ったからさ」リュウジが笑う。
「そこはファンタジーでお願いしますってば!」テルキが肩をすくめる。
かくして、妖精の島エルヴァーンに、エクソダスはようやく辿り着いた。




