7-3 試練
白装束の海賊たち——《セレン》は、まるで風の精霊が形を成したかのように、甲板に立ち尽くしていた。セレンたちの姿は凛然として美しく、肌は月光を纏ったように淡く、目元には霧を通して見つめるような距離感があった。
その中央に立つ女頭領——セイレナールは、何も語らず、ただこちらを見つめている。
海の空気が変わっていた。
さっきまでの殺気のようなものは、すっと拭い去られ、代わりに胸の奥に波紋のような静けさが広がっていく。
「……ねえ、リュウジ、ログ……取れてないんだっけ?」
リンの声が震えていた。
「いや。これは……ログじゃない。記録っていうより、『夢』に近い。理屈の外にある何かだ」
リュウジも困惑を隠さず、手にしたマジックロッドの光を弱めた。
ファルが珍しく声を張った。
「ここからは……言葉じゃないの。感じて」
その瞬間、ヴェルザが一歩前へ出た。
彼女の瞳が、セイレナールと交わる。
まるで見えない潮流が彼女を押したように、ヴェルザはそっと魔神の筆を収め、静かに膝をついた。
「あなたたちは、警告に来たのですね」
タクマが身を引き、全員が彼女の言葉に注目する。
「私は召喚士です。精霊のささやきを感じることがある。……あなたたちは、この世界の『闇』ではない。もっと深い、もっと古い『意志』に従っている。違いますか?」
セイレナールは微かに頷いた。
彼女の唇は動いていない。だが、その意思は確かに『届いて』きた。
それは言語ではない。
波のざわめきのように、塩風の中に混ざった『予感』だった。
ヴェルザはゆっくり言葉を繋げた。
「この海域に、『目覚めかけたもの』がある。あなたたちは、私たちが『近づいてはならないもの』に向かって進んでいることを——知らせに来た」
タクマが前に出た。
「……じゃあ、あの戦いは……なんだった?」
彼の問いに、セイレナールの周囲の白装束たちが軽く頭を垂れる。
まるで儀式を終えた神官のように。
ヴェルザが代わって答える。
「彼女たちは『戦って伝える』しか、術を持たないのでしょう。言葉で交われない精霊にとって、武は意志。剣舞は言霊。舞い、傷つけ、でも殺さない。それは——『警告』」
セレノが呟くように重ねた。
「古の守り手たち……精霊の加護を受けし乙女らよ。これは、神話の残響……『セイレナール』という名も、意味を持つ名だ」
リュウジが顔を上げた。
「でも、何に対しての警告なんだ? 航路は間違ってない。エルヴァーンまではこのまま東へ進むはずだろ?」
すると、セイレナールが手を掲げた。
海の向こう、東方ナヴィルの環礁の影——
その遥か下に、『何か』が動いている。
ヴェルザが怯えを帯びた声でつぶやいた。
「……『海が鳴いてる』。今じゃない、でもすぐ……」
空の色が、微かに変わった。
熱帯の環礁とは思えない冷たい風が肌をなでる。
セイレナールが、口を開いた——
その声は、風のうねりとなって響いた。
「ウミノ、オクニ、アヤツリノ、カゲアリ……深き者、目覚めの刻近し。『善き意志』と歩む者よ、 汝らを試す波となろう——」
ファルがはっとした顔で振り返る。
「『目覚める』!?」
それは、《深海殻獣アビスクラーグ》の兆しだった。
「次の波で、来る。私たちは……彼女たちは、『選ばれた者』かどうかを試されるんだよ!」
セイレナールがタクマに向けて、静かに頷いた。
まるで、同意を得るかのように。
そして、ヴェルザが彼女に対してもう一度膝をつき、こう告げた。
「……わかりました。 あなたたちの意志、受け取りました。 次の戦いは、あなたたちとともに挑みましょう」
その言葉が空気を変えた。
白装束のセレンたちが、まるで夜明けに姿を現す潮のように、戦士たちの周囲を取り囲む。だがそれは、敵意ではなかった。
守護の陣形——共に戦う者としての、誓いの形。
風がひときわ冷たくなり、海面がぐらりと沈んだ。
——そして、ついに『それ』が動き出す。




