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6-4 焔と絆の鉄槌

鈍い咆哮とともに、火力炉の残骸が錆の海に崩れ落ち、巨大な影が立ち上がる。

それは火力船エクソダス——世界の終わりに抗うために鍛えられた、鋼と火の塊だった。


その甲板にて、再起動の号令が響く。


「ここで仕様変更します!」


タクマが声を張り上げる。

「ドゥーガはもう、酒場に沈む酔いどれじゃない! 大陸一の腕利き鍛冶士——《ドゥーガ・アインベルグ》として再起動! 伝説の黄金ハンマー《金剛機鎚こんごうきつい》を装備し、妖魔ロウラン率いる『妖鮫隊』との決戦に突入する!」


「了解!」と、仲間たちの声が重なる。


その瞬間、ドゥーガの手にあるハンマーがうねるように変貌する。柄には動力回路の光が脈打ち、ハンマーヘッドは太陽を呑んだかのような黄金に輝く。《金剛機鎚》──古の鍛治神すら嫉む力が、今ここに蘇った。


一方、ロウランの姿もまた変貌する。黒のスーツと紫のスカーフが破れ、しなやかでありながら異様な肢体が露わになる。肌は金属のような光沢を放ち、背後に黒い塊が渦を巻く。


「私は《魔将六傑》の生き残り、妖魔ロウラン。いま、その真の姿を見せてあげるわ」


彼女の周囲に、虚空から闇が集う。妖鮫ヴァルギルスが呼び寄せられ、次々に彼女の体に融合していく。


禍々しい姿は触手を六本備えた巨大な漆黒の影へと変貌し、恐るべき魔の波動が放たれた。


「その船は私のものよ……返してもらうわ!」


深触呪縛しんしょくじゅばく——《ヴァルギルス・バインド》!


触手が甲板へと襲いかかる。錆の海をうねるそれはまるで深海の怪異のごとく、鋼鉄をも引き裂く力を秘めていた。


「ドゥーガ! ユゥーガ! この船、動かせるか!?」タクマが聞く。


「誰が作ったと思ってんだ!」


父娘の叫びが重なり、制御室——いや操舵室のスイッチを覆う強化ガラスが、金剛機鎚とユゥーガの金槌によって粉砕される。火力炉エンジンが重低音を奏でながら起動する。鋼鉄の巨体が呻き、燃焼音が天に轟く。


「もう娘には……指一本触れさせねぇ!」


ドゥーガのハンマーがロウランの触手を切り裂く。燃え立つ火床、唸る鉄。叫ぶ父の声が、甲板に響き渡る。


「火力船エクソダス、抜錨ッ!」


船を挟んだ巨大な回転チェーンソーが錆の海を切り裂き、船はゆっくりと、だが確実に加速を始める。


その時、ユゥーガが叫ぶ。

「ロウランの弱点、たぶん胸の水晶だよ! 今日はスカーフで隠してないから!」


「承知!」


テルキは仲間たちに指示を飛ばす。

「先輩とグラムさん、ヤツの注意を引いてください! 青柳先輩、セレノさん、範囲魔法で鮫を! リンさん、ヴェルザさん、僕とドゥーガさんをもう一度、空へ!」


再び空を舞う。幻鳥グライザ・ヴェイルと紅竜ラグナ・ドルネアが二人を掴み、突風を巻き起こしながらロウランの上空へと舞い上がる。


「錬金術式展開——《金剛機鎚》!」


ドゥーガの一撃が胸の水晶に亀裂を走らせる。


「追い討ち、シューティング・ハンマーッ!!」

テルキの追撃が光の矢となって炸裂し、胸の水晶は粉砕された。ロウランの悲鳴が虚空に響く。


「魔王ブランダ様は、均衡を……天秤の均衡を守っておられた……それをお前たちだけの論理で推し進めた結果……あの異界の黒騎士を産んだ……きっと、この世界は滅びる……わたしを……消しても……世界は、終わる……『ネバーナイツ』で……待っているわ……」


ロウランの体は、闇の粒子へと崩れ、虚空に溶けていった。



戦いの後、ユゥーガはエクソダスを降りる決意をした。


「トンカン横丁に戻るよ。焔鉄亭も、赤錆ラウンジも、アタシが面倒見るから」


「お父さんも海の外が見たかったって言ってたじゃん。だから、アタシは、ここに残る」


「いや、俺も戻る!」


「可愛い子には旅をさせろって言うでしょ!」とテルキが突っ込む。


「旅してんの、親なんだけどな!」


そんな軽口が交わされる、平穏な時間。


そして、エクソダスは再び錆の海へ進路を変えた。

……港が小さくなっていく。



「……テルキ、さっきから静かだね」ファルがしんみりと問いかける。


「いや、元気っスよ。ただ……ちょっとだけ、親父のことを思い出してただけで」


テルキの瞳に、過去の影が差す。

「高校時代、ずっと引きこもってて。ゲームばっかやってたら、親父……心臓で、突然いなくなっちゃって」


「もっと話せば良かったって……そう思うんスよ……話せるうちに、ね」


それを遠巻きに聞いていたタクマとドゥーガが笑顔で声をかける。


「なぁ、青年。お前、鍛治屋向いてるぞ!」


「デバッガーなんで、たたくの得意っス!」


「テルキはユゥーガさんにも、たたかれたいんじゃないかな」


「そんな、滅相もないっス」


「その線は、ないのか!?」


「いやいやいやいや……アリよりのアリで……」


陽炎のようにゆれる海原を背に、エクソダスは東方ナヴィルの環礁へと向かっていた。

その空は、まるで鉄を溶かしたかのように、燃えていた。

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