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6-3 発電所にて

赤錆色の空が薄く街を染めるなか、火力発電所の前には人々が集まり、サイレンの余韻がまだ耳に残っていた。静かに煙を噴き上げる1号機と2号機。


その周囲では鍛冶士や消防団、そして関係者が忙しく動き回っていた。


「……特に問題はありません。あと数時間で故障箇所は修理が終わりますから」 火力発電所の所長、ロウラン女史が沈着冷静に答える。


赤い巻き髪に黒のスーツ、紫のスカーフが風にたなびき、その佇まいはまるで、火の精霊が人の姿をとったかのようだった。


「結構なご年齢のはずなのに、お美しい方ね」とヴェルザが呟き、

「なんかちょっと『魔性』の美しさですよね」リンも声を落として同意する。


「で、ロウラン女史、今日は何番炉なんだ?」とドゥーガ。


「いつもの1番と2番よ、よろしくお願いするわ」彼女は優雅に微笑むが、その瞳はどこか、何かを隠しているようにも見えた。


ドゥーガは静かに頷きながら、テルキと目を合わせる。


「僕、ちょっと手伝いに行っていいっスか?」


タクマたちに目配せをし、テルキは許可を得てドゥーガの後に続く。規制ロープを超え、彼らは発電所の内部へと足を踏み入れた。


「ここ三年ばかり、月に一度か二度、こうして炉が止まるんだ」とドゥーガが語る。


「火事は大したことはないんだ、火力炉は頑丈だしな。ただ、放っておけば街全体が沈黙する。鍛冶屋の街にとって、それは死に等しい」


梯子を登るたび、風がうねり、煙が視界を覆う。熱と煤けた空気が肺を焼き、テルキは何度も咳き込んだ。


「ここからが勝負だ。ついてこい、青年!」


制御室の扉を押し開くと、焼け焦げた配電盤が火花を散らしていた。 ドゥーガは迷いなく工具を取り出し、的確に焼けたコードを引き抜き、新たな線を通す。見事な手際、まるで生きた機械と会話しているかのようだった。


「速っ! 慣れてますねー!」


「昔はな、妻とあちこち登って、いろんな建物を直してたもんだ……」 その言葉には、過ぎ去った時間への悔恨と寂しさが滲んでいた。


「奥さん……どうされたんですか?」


「ユゥーガを失ってから……うまくいかなくなってな。私は逃げたんだ。酒に、過去に」


2号機の修理を終えたところで、テルキがふと振り返る。


「ドゥーガさん……びっくりしないでくださいね。3号機、見てください。灯りが……ついてますよ」


「なに……?」


「僕の推測ですけど……あそこには誰かが常駐して、配電盤を事前に修理してるか、あるいは——修理できる人材が監禁されているんじゃ……」


「そんなことができるのは……ま、まさか……ユゥーガ!?」


その時、風を裂いてファルが滑空してきた。

「まったく、しつこい風よねー!」


3号機の塔を、リンとヴェルザが飛行系の召喚獣を呼び出し登っていく。

「幻鳥グライザ・ヴェイル!」

「紅竜ラグナ・ドルネア!」


銀翼を広げる幻鳥と紅黒の竜が、今度は、ドゥーガとテルキを掴み、制御塔の頂点へと運ぶ。

その短い滑空の中、テルキの脳裏には亡き父の面影が、ドゥーガの胸には、あの娘の笑顔が浮かんでいた。


着地と同時、ドゥーガが制御室の扉を破る。


——そこには、工房があった。


無骨な工具と精密な設計図、煤けた炉。かつて自宅で見た光景の再現だった。そして、その中央に……ユゥーガがいた。


「ユゥーガ、お前生きてたのか……! こんなところで何をやっているんだ、馬鹿野郎……!」


「……お、お父さん!? 来るの遅いよ〜! アタシ、ずっと修理してたんだから!」

彼女は油と煤にまみれた頬に涙を浮かべながら、笑顔を見せる。


「……遅れて悪かった。でも、お前が生きてている……それだけで、もう十分だ」


「このやり方しか知らないから……ここ、うちの工房みたいに作ったの」

ユゥーガが語る。


——あの日、ヴァルギルスに呑まれそうになった彼女を救ったのは、ロウラン所長だった。そして、彼女はここで監視されながらも、火力船の開発を手伝わされていたのだ。


「ロウランさん、火力炉を使って海を越える船を作ろうとしてるんだよ」


その時、大地が唸り声をあげた。地の底から響くような地響き。


「むむ、これは大きいぞ!」


「総員退避!」リュウジが叫ぶ。


ファルの瞳が光る。

「アークコード、発現……バグ干渉、可能!」


3号機が咆哮を上げ、まるで生き物のように動き出す。制御室がスライドし、倒れゆく火力炉から現れた建造物と融合してゆく。


《思考フラグ:第四ボスモンスター:妖鮫大量発生の兆候を確認》

《対象物の安全性を確認中──【制御室】と【火力船】の融合、完了》

《鍛冶士【ドゥーガ・アインベルグ】の【記憶】を再インストール》


大地が裂け、火力炉が倒れ、錆の海へと崩れ落ちる。

——だが、その中から現れたのは、巨大な艦影だった。


鋼鉄の塊、《火力船エクソダス》が姿を現す。


火力炉がエンジンとなり、制御室がそのまま艦橋へと役割を変える。

まるで、全てが最初から仕組まれていたかのように。


鉄の鼓動が鳴る。

それは、失われた時間を取り戻すための、父娘の再起の船だった。

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