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6-1 トンカン横丁

カオは、まるで天命に従う聖女のように、その運命《さだめ死》を受け入れたかに見えた。


それは単なる友情を超えた、言葉では尽くせぬ想いの炎だったのかもしれない。

ヨウへの深い情愛——あるいはそれは、崇拝にも似た魂の共鳴。


そしてヨウの側にも、カオに注いだ感情はただの愛情ではなかった。

ヨウの胸に渦巻いた激流は、やがて怒涛のような憎悪に転化し、世界を呑む悪しき魔王ブランダを討ち果たす破滅の火矢と化した。


エルヴェシア大陸に迫る終焉、《ノクターナル・シンドローム》のカウントダウンは止まらない。


空は血のように滲んだ黄昏色に染まり、世界の果てが静かに崩れはじめている。


誰もが未来を語ることをやめた。ただ、生き延びるために歩き続ける。



ガイラム帝国を離れ、旅の一行は沈黙の道を南下し、やがてノルグラッド市国の地に辿り着いた。そこは、かつて港であったはずの廃墟——

今では世界中のゴミが集まり、鉄と死臭が交じり合う亡者の海岸だった。


「ノ、ノルグラッド市国!?すげぇ……船が全部、立ってるじゃあないっスか!」

緑川テルキが半ば興奮と恐怖を混ぜた声を上げた。


まるで巨大な杭が天を貫くように、無数の船が黒い海に逆立ち、地面に突き刺さっていた。


「ここじゃ魚も獲れないわよ。海に出ようにも、船には動力がない。……それにしても、この臭い、いつも最悪ね」ヴェルザが顔をしかめた。


潮、オイル、錆、そして腐った生ゴミの悪臭が、まるでこの街そのものの過去と罪を語っているかのようだった。


「……ジャンク屋って言えば、あれだろ、鍛治士のドゥーガ!」

リュウジが眉をひそめながら呟く。


「ドゥーガおじさん!? 酒癖悪いって噂の、あの!? えっ、ちょ、僕、鍛治士担当なんスか!? お酒、ムリなんスけどぉぉ!」


テルキが早口で嘆くも、誰も笑わなかった。

ただ彼の声が、沈黙の風に流されていった。


彼には、他の誰にも真似できない『調整者』の才能があった。

それはバグを見抜く鋭い視点、細部の破綻を糸口から手繰り寄せる推理力。


『創る』ことばかりが讃えられがちなこの世界で、彼は『磨く』ことの意味を体現する存在だった。


彼の提案は、まず『エンブレIII』本編の流れを辿ること。それしか確かめようがなかった。


ノルグラッド市国の海岸には、かつての文明の亡霊のような火力発電所がある。

火力炉が三機、赤錆びた金属の牙を剥き出しにし、唸りをあげていた。


背景には倒れた船の骸、そして燃えるような空。まるで地獄の門の番人のような威容を誇っていた。


「……地面に突き刺さった船と、あの発電所。異様だな……まるで、世界の終わりの風景みたいだ」

グラムが言葉少なに呟く。


やがて、彼らは下町の《トンカン横丁》に辿り着いた。

その繁華街にある酒場《焔鉄亭》は——労働者たちが喧騒を撒き散らし、火花と罵声が交差する混沌の底だった。


「確か……あの酒場の奥でドゥーガが潰れてた場面があったような?」


リンの声に、セレノが補足する。


「ドゥーガといえば、かつて大陸に名を馳せた伝説の職人。確か、《魔導機兵デモンギア》の装甲も彼の設計だったとか」


「会えばわかるさ。今も変わってなければ、ね」


ヴェルザが静かに言い残し、扉を押し開いた。


リュウジが身を乗り出す。

「おおっ、これが焔鉄亭か!」


酒とオイルの香りが渦巻く中、鉄と蒸気の熱が店内を包む。


エンジンの部品や解体された武具がインテリアのように飾られ、ジャンク屋然とした重厚な空気が漂っていた。


「お客さん、とりあえず注文はこっちでお願いしまーす!」

と、カウンターの奥から声が飛ぶ。見れば、目元に深い皺を刻んだ男が一人。


それこそ、かつて酔い潰れていたはずの鍛冶職人——ドゥーガ・アインベルグだった。


「……あれ、酔っ払ってダメダメなキャラじゃなかったっけ?」

タクマが控えめに問いかけると、ドゥーガは笑い皺を深めた。


「旅の人、いきなりヒドイねぇ。ワハハ、とっておきの濃いの、出してやろうか?」


「ジンジャーソーダで、お願いします……!」

テルキがあわてて手を上げる。


「ああ、あるとも。ん?……お前、ユゥーガか?」


「ち、違います! テルキって名前で、男っス!」


「なんだ、そうか。すまんすまん……顔立ちと背格好が、死んだ娘にそっくりだったもんでな。昔、《ヴァルギルス》っていう鮫に……あれは酷ぇ奴だった……」


ふと、ドゥーガの瞳が遠くを見た。


過去の記憶という名の錆が、その目に宿っていた。


「こんなところでよけりゃ、くつろいでってくれや。向かいに《赤錆ラウンジ》って宿がある。女所帯でも安心な部屋、ちゃんと揃ってるからよ」


「……飲んだくれじゃなくて、ただのジェントルマンだったなんてね」

ヴェルザが肩を竦めると、ドゥーガはにかっと笑った。


「あとよ、あんたらの武具……ずいぶん傷んでるなぁ。うちでメンテしてやりてぇ。見てると、手がうずいて仕方ねぇんだよ」


「おお、それはありがたい!」グラムが喜びの声を上げる。


その夜、焔鉄亭には奇跡のような温もりが灯った。


タクマ、リュウジ、リン、テルキ、グラム、ヴェルザ、セレノ、そしてファル——

戦いと絶望の旅路で擦り減った魂たちが、久方ぶりに肩を寄せ、笑い合った。


「ワハハ、人も鉄もなぁ……くたびれたら熱をくれて、トンカン、トンカン叩いてやりゃあ、元気出るってもんさぁ!」


酔ったドゥーガの声が、まるで焼き入れの音のように響いた。


「……その姿こそ、僕の知ってるドゥーガさん、だったかもね。あはは!」

テルキもつられて笑い、ジンジャーソーダのグラスを掲げた。


世界が崩れ落ちようとしているその夜に、彼らはほんのひととき、灯火のような笑顔を交わした。

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