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5-4 闇

かつて、ヨウとカオは現実世界で最も息の合った女性コンビだった。


寡黙でクール、何事にも一歩引いた目線で達観しているヨウ。一方で、天真爛漫で喜怒哀楽が全開、まるで風のように自由なカオ。


外見も内面も対照的なのに、不思議と隙間がなかった。

カオの奔放なボケに、ヨウが冷静にツッコミを返すテンポは、まるで熟練の舞台芸人のよう。職場でも、周囲がつい微笑んでしまう名コンビだった。


いつも一緒にランチを取り、休日も一緒に過ごし、ゲームの好みも、好きな食べ物も、音楽の趣味もぴったり一致していた。もはや『友人』では足りない。『相棒』よりも深く、『姉妹』よりも強い。


魂で繋がった《ソウルメイト》という表現がふさわしい。


「休みくらい顔見たくなくない? 俺なんか、リュウジと休日に会うとか絶対ムリだぞ」

と、タクマがからかうように笑えば、


「ヨウちゃんとカオちゃんは、なんかもう……セット売りしてる感じよね」

とリンが笑いながら、コーヒーを片手に言った。


「うん、私、二人の推しファン第1号だから!」


それは、転生しても変わらなかった。

この『運命』は、単なる偶然ではなく、もはや物語の根幹に刻まれた『必然』だったのだ。



——ヨウはひとり、祈りの届かぬ祭壇にいた。

古代の神殿跡だろうか。崩れかけた石柱と、剥き出しの灰色の岩肌に囲まれた場所。花ひとつ咲かず、風も止まり、空気は死んだように静まり返っていた。


その場に、カオ——いや、《ノア姫》をそっと横たえる。


ヨウの手が震えた。


彼女の瞳から、静かに、そして止めどなく涙がこぼれ落ちる。


それはクールな仮面を砕いて溢れた、ただの「人間」としての涙だった。


「……なんで、こんなことに……く、苦しい……カオのことだから余計に苦しい……。こんな世界……間違ってる……変えなければ……カオのいない世界なんて、意味ない!」


ヨウの喉から漏れた声は、誰に届くこともなく、石の空洞に消えた。



一方、タクマたちは、破壊された玉座の間の片隅で呆然としていた。


ガイラム神殿。


古より聖域とされてきたこの場所は、今や半壊し、あちこちに崩れた石柱と血と焼けた魔力の痕跡が残るだけ。重傷を負った騎士たちのうめき声が響き、空気は絶望の気配に濡れていた。


それでも、彼らの心を圧倒していたのは、“ブランダを一刀のもとに断ち切った”という《事実》だった。


セレノが低く、神に祈るような声で呟く。

「……あの者はいったい……。クロウをも超える力を持ちながら、何故かその奥に——絶望しか見えなかった」


「彼女も、俺たちと同じく異界から来た……いや、違うな。ヨウとカオは、あのゲームのキャラそのものに、魂ごと……転生しているんだ」リュウジが、歯噛みするように答えた。


「……アークコードが、発現しなかった……! ずっと、なんとかなってきたから、今回も仕様を変えれば済むと思っていた……。俺は……俺は、何もわかってなかった!」タクマが拳を握り、血が滲むほどに指を食い込ませた。


「先輩……あれは想定外だったんスよ……カオさんが、《さだめ死》のイベント通りに命を落とすなんて……」テルキが下を向いて小さく呟いた。


リンも、唇を噛み締める。

「ヨウちゃん……あのあと、闇落ちして……魔王の片腕になるイベントが来るんだよね……でも、もうブランダは倒したのに……どうなるの?」


「それだけ、怒りと悲しみに呑まれたってことだ」グラムが重く言う。


「大切な者を守れず、失った者がどうなるか……人はそれを、闇とも絶望とも呼ぶ……」


「だが……それだけじゃない」リュウジが、何かに気づいたように声をあげた。


「ノア姫の死亡フラグは、《完全死亡》なんだ。通常のゲームと違って、魔法で蘇生できない仕様だった……ノア姫は、死ぬ運命さだめを受け入れて、プレイヤーの前から去る……それがシナリオに重きを置いた《さだめ死》と言われる所以さ」


テルキが続ける。

「しかも、そのデータは不正対策のため、プロテクト入りの『外側』の領域で保存されてるから、たぶんアークコードでは干渉できないんス……」


「……だったら……!」リンが叫ぶ。

「だったら、カオちゃんは、もう……!」


「……生き返らない」タクマが唇をかみしめるように言った。



タクマの胸に、子供の頃の記憶がよみがえる。


誰にも話しかけられず、校庭の隅でひとり遊んでいた日々。


だが、『エンブレ』の世界に出会い、孤独だった心に色が差し込んだ。勇者と仲間たちの絆、敵との死闘、そしてその果てに待ち受ける《さだめ死》という、救いのない運命——。


だがそれが、子供だった彼の心を強く打った。「死が重いゲーム体験にしたい」という制作陣のこだわりに感銘を受けた。


そして今、そんな彼の『原点』が、現実となって彼の胸を抉ったのだ。


「なぜ、よりによってカオなんだ……」



「タクマー! ほらこれ! 忘れてるよー!」

ファルが赤いノートを両手で抱えて駆けてくる。


「ありがとな……ファル……」


神殿の外に出たタクマたちは、思わず足を止めた。


空が、燃えていた。

昼間であるはずなのに、空は赤と紫、そして青が入り混じる不気味な光に染まり、『世界の終わり』を予感させるような、静寂と終末的な光景が広がっていた。


「ついに……来てしまったか……」セレノが、空を仰ぎながら呟く。


「《ノクターナル・シンドローム》。世界が終焉を迎えるとき、天空はこうして《黄昏》に染まるのだ」


「……このままでは……世界が……」


エルヴェシア大陸全土が、いま、静かに、確実に、闇へと沈もうとしていた——。

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