表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/48

5-3 特異点

神殿が揺れた。


それは、風でも地震でもない。


存在そのものが異界の法則を侵し、この世界に『異物』をもたらした証——。


「魔王軍襲来、魔王軍襲来!!」


響き渡る悲鳴。


謁見の間の左右の回廊、後方のバルコニー、天井の装飾扉までもが音を立てて開き、鎧に身を包んだ騎士たちが一斉に飛び込んできた。


だが、彼らの剣も槍も意味を成さない。


そこに立っていたのは、異様な気配を纏った一人の男——


その肌は濡れたように青白く、赤く光る双眸が空間を支配する。額には巨大な紅玉が埋め込まれ、まるで第三の眼がこの世界の全てを見透かしているかのようだ。白いオーブを浮かべながら、黄金の袈裟をまとい、神官のような荘厳さを見せるが、その袖口から覗く腕はまるで獣のように肥大し、筋肉の線が皮膚の下で脈打っている。


破戒僧にして、念動と武道を極めた異端の魔僧——


その名は、《魔将六傑》の総大将、魔王ブランダである。


「武器も持たずに……」グラムが呆然と呟いた。


「単身でやって来るなんて……常識が通じないわね」ヴェルザも眉をひそめる。


「ガイラム騎士団……さぞ鍛えられているんだろうな……。試してみるか、()()()()()()」ブランダの声が落ちると同時に、拳がゆっくりと床を叩いた。


その一撃は衝撃波となり、青い刃のような念動エネルギーが奔流となって床を走った。


「——っ!?」


爆音と共に、騎士たちは消し飛んだ。声を上げる間もなく、壁に打ちつけられ、血の飛沫を撒きながら床に崩れ落ちる。


「いかんっ!《アストロ・ヴェール》!」


セレノが叫び、即座に防御結界を展開。黄金の光が仲間たちを覆い、二撃目の波動を辛うじて防ぐ。


「ほう……《黄昏の六英雄》か。何を企んでいるのかは知らぬが……異界の者の力まで借りるとは。そこまで我を恐れているのか? それとも梵なる宇宙を願うというのか?」


不敵な笑みと共に、ブランダが右拳を握る。


「ヴォルテック・エンド《雷破》!!」


雷鳴と共にグラムが駆け出した。両手に構えた《ストームブリンガー》が蒼雷を纏い、空間を裂くように振り下ろされる!


しかし——


()()()


ブランダはただ首を傾け、顔を向けただけだった。その動作だけで、グラムに見えない重圧が襲いかかり、まるで巨岩に打たれたかのように吹き飛ばされ、柱を砕いて崩れ落ちた。


「念動術だと……っ!?」ヴェルザが呟く。


()()()()()


ヴェルザとリンが召喚魔法の詠唱を始める。しかし、ブランダは片膝を踏みしめただけで、足元から衝撃が奔り、地面が抉れて魔法陣を強制的に破壊した。


召喚詠唱——阻止。


「くそっ、ここまでか……!?」タクマが前に出る。


「やべーな……ボス戦って、こんな絶望感だったっけ……!?」リュウジが隣で唇を噛みしめる。


「ラストダンジョンは魔王城のはず、ここじゃ……ないっス!」


「黙れ、人間風情が……! ()()()()


両手を構え、ブランダがタクマとリュウジに向かって掌打を放つ。


大砲にも似た念動波が二人を貫き、空中で骨が軋む音がした。


二人は壁まで吹き飛ばされ、重い音を立てて崩れ落ちた。


——力の差が、あまりに絶望的であった。


カオの身体が震える。

「ヨウちゃん……どうしよう……あのおっさん、怖いよ……」


ヨウは震えながらも、騎士として《聖剣ミカエリオン》を構えた。


「ノア姫……キミは、いつでも『特異点』だった。だからこそ、やはり生かしてはおけぬ……呪殺——《()()()()()()()》!」


ブランダが詠唱と共に、黒紫の魔力を凝縮した弾丸を放つ。


「うるさい! お前が闇の象徴なら、ノア姫は……カオは、光の象徴なんだよ!!」


その瞬間、空間が赤く染まった。


カオの胸元に輝く《赤い秘石》と、ブランダの額の《紅玉》が共鳴し、一筋の赤い光の線で結ばれた。


「や、やばい……これ、IIIの《さだめ死》フラグだ!」リュウジが叫んだ。


「そ、そうっスね……聖騎士クロウを守るため、ノア姫が……念動波を吸収して絶命する……例の伝説シーンっス……!」


「ダメだ……カオが蘇らないじゃないか……それだけは……!」タクマが叫ぶ。


ファルが空を舞い、泣き叫ぶ。「アークコードは!? 発現できないの!?」


「……ダメ、未発現……! こんなの、カオさんが……代わりに……なんて……」


「アークコード非発現……バグ干渉不能……!」


そして——


カオの身体が呪殺念力を受け止めた。


秘石が砕け、彼女の胸元から鮮血が滴る。彼女は玉座にもたれかかるように崩れ落ち、ブランダも膝をついた。


「な……なんの共鳴だ……? 赤い秘石……あれは……何だ……?」


ヨウが、ついにその限界を越えた。

「そんなバカなことがあるかぁァァァ!!」


紫の瞳が禍々しく染まり、空間が裂けるような怒号と共に闇のオーラがヨウの全身を包んだ。

「こんなところで……カオを失ってたまるか……! 一緒に笑い合うこともできない、食べ歩きもできない、もう手も……触れられないなんて……そんなの……そんなの許せるかよォォ!! 呪い返してやる!」


《黒咲ヨウ》の『こころ』は、闇に呑まれた。


ヨウの背後に、七つの漆黒の翼が現れる。異界の天使——熾天の化身のような姿。


「――聴け、我が声。

天より遣われし七翼の熾天よ。

聖域を侵す罪人を闇へと連れよ。

聖剣に宿れ、神意の黒耀。

《ミカエリオン・ジャッジメント》——!」


裁きの剣が輝いた瞬間、闇の刃が空を裂いた。


魔力を喪失したブランダの首が、まるで時間を止めたように静かに断ち割られる。

その瞬間、空気が凍り、地が揺れた。


「異界の者たち……この均衡を破った……報い……必ず……来るぞ……」

ブランダの身体が崩れ、黒い粒子となって消滅した。


残されたのは、倒れた皇女。


「……ヨウちゃん……夢かなぁ……こんなとこまで……真似しなくても……よかったのに……」


「……ダメ……生きて! カオ……!」


ヨウはカオを抱き上げ、玉座の奥へ向かって歩き出した。その先には、巨大な《ブルークリスタル》。


祈るように剣を下ろし、カオを抱いたまま光に包まれ、二人は——消えた。


その瞬間、世界は静寂に包まれた。

ブルークリスタルが砕け散り、空には一筋の光が残されていた。


「——特異点、干渉不能」


ファルの目が涙で濡れながらも、確かな言葉を放った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ