5-2 来訪者
《魔導列車レムナント》は、黄昏に溶け込むようにして、大地を裂く黒鉄の軌道を疾駆していた。車窓の向こうに広がるのは、流れる雲海と、山肌に瞬く魔導灯の列。風の唸りとレールの振動が重なり、旅人たちの思考を揺らしていた。
《多次元交差都市セラフィード》でショッピングや食事をしたことで、お互いの連帯感はさらに深まっていた。
タクマたちは、列車の一室に集い、これまでの出来事を振り返るように語り合っていた。
「……グラムは農夫、セレノは塔の掃除屋、ヴェルザは似顔絵士だった」
リュウジが組んだ腕をほどき、薄く笑う。
「設定からしてバグってるとしか思えないな」
「そこがもう、おかしいっス」テルキが半眼になってぼやく。窓の外の風景をぼんやり見ながら、背負った機材の存在を改めて意識していた。
「《アークコード》が発現すると、仕様変更が可能になるみたいだな」リュウジの声には、魔術士というより技術者の冷静さがあった。
「俺たちがいる『ここ』が、本当にゲームの物語世界なら、持ち込んだ開発機材でできることには限界がある。大きなコードベースの改変は難しいが、パラメータ調整や記憶の再インストール程度なら、まだ可能だ」
「つまり、新しい召喚獣作るのに……3営業日はかかるってことね」リンが呟き、タクマと視線を交わす。彼女の冗談めいた口調の裏にある、現実の開発経験が、皆の間に静かな緊張を生んだ。
「《黄昏の六英雄》が記憶を失っているとすれば、それを元に戻すのが我々にできる最大の『仕様修復』だ。だが、新しいマップやシナリオラインを構築しようとすれば……開発チーム20人は欲しい」
「残念だけど、今の俺たちはその機能を持つ人材すら足りていない……」タクマが苦い顔で言った。
「ファル。何か、情報はあるか?」
そう問いかけたタクマに、宙を漂っていたファルがひらりと舞い降りてきた。
「うん! この魔導列車が向かっているのは、ガイラム帝国よ。そこには、あのノア姫がいるんだから!」ファルの瞳は希望に満ちていた。
グラムたちは「おおっ!」と歓声を上げたが、タクマたちは「お、おお……!?」と別の意味での驚きを隠せなかった。
やがて、巨大なターミナル駅《煌駅エリュシオン》が、幻想的な霧の中から姿を現す。空へ伸びるガラスの塔、レールの終着を照らす星灯、そして建築美の粋を尽くした駅舎は、まさに帝国の威信の象徴であった。
「エレベーターあるんだ……しかも、内装がステンドグラス!」リンは目を輝かせて、あちこちの意匠をチェックしていた。
三部屋に分かれて宿泊を取り、長旅の疲れを癒した一行。夜のホテルラウンジで、グラスを傾け再び話し合いが始まる。
「ガイラムには、クロウ・ヴァルザークの聖騎士団があるのでは?」と、グラムが問うと、「そのはずだがな……」セレノが頷いた。
「彼の剣は鋭いが、あまりに『まっすぐ』すぎる。正義を貫きすぎる剣は、ときに味方をも断ち切る」
「それでも、魔王に対抗するための同盟国だ。信じるしかないよ」ヴェルザも応じ、ブランデーを飲み干した。
そして、夜が明ける。
*
神殿からの迎えが、騎士団の威風を纏ってホテル前に姿を現した。白銀の馬車、鎧の軋む音、剣の音色が空気を引き締める。
「六英雄殿、ご一行をお迎えに上がりました。我がガイラム帝国に、ようこそ。ノア皇女が、お待ちです」
ファルが舞うように飛び、歓声を上げる。
「やったー、ついにノア姫に会える〜!」
やがて、道の両側に並ぶ白樺の並木を抜け、神殿へと至る。広大な庭園の奥にそびえる、荘厳な《ガイラム神殿》。真っ白な塔と大理石の回廊が静謐な風景を作り出し、湖面に映るそれは、まるで天上の宮殿のようだった。
大扉が開かれ、通されたのは、紅の絨毯が玉座へと続く謁見の間。
「……魔王軍との戦い、ご苦労でした。勇者の皆様、どうぞ、戦いの傷を癒して……ください……?」
壇上の玉座に立つ皇女が、思わず声を詰まらせた。純白のドレスに包まれ、胸には赤い秘石が輝く。ピンクのミドル・ショートヘアとその可愛らしい面差しに、誰もが見覚えがあった。
「……あれ? もしかして……カオちゃん?」リュウジが最初に口を開く。
すぐさま隣にいた黒甲冑の騎士が、剣を抜いて進み出た。
「おい、旅の者。頭が高いぞ! この《聖剣ミカエリオン》で——斬って差し上げようか!」藍色の長髪が、甲冑の隙間から流れる。堂々たる佇まいと、冴え渡る殺気。その正体は……。
「お、おい、これって……ヨウさん!?」テルキが目を見開いた。
「やっぱり……2人も転生してたのか……」タクマが言うと、
「カオちゃん……ヨウちゃん……!」リンが駆け寄り、二人を抱きしめる。
「うわぁぁん!」
「アタシが皇女なの、ヤバすぎない?」
「ヨウさんがクロウ役って……」
「う、うるさい! こっちだって混乱してんだよ! あの設定、覚えてるだろ……!」
再会の喜びに笑いがこぼれたその瞬間——
空気が割れた。
「魔王軍、侵入! 神殿内に敵影確認、至急迎撃を!」騎士たちが慌ただしく駆け出す。
次の瞬間、謁見の間の大扉が爆ぜ飛んだ。
烈風と衝撃が走り、騎士たちは木の葉のように吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。
「っ……! 結界を破って……来たというのか……!」セレノの声が震える。
広がる粉塵の向こうに、禍々しいシルエットが浮かび上がった。
紫黒の法衣、炎のように揺らめく呪印、瞳に浮かぶは『破戒』の刻印。そして背後にゆらめく五色の光は、祝福ではなく、呪いの残滓——。
「……魔王……ブランダ……!」タクマの声が絞り出される。
その存在は、神殿の気配を塗り潰すほどの禍々しさを放っていた。
希望の聖域に踏み込んだ絶望の顕現であった——。




