3-3 ステラコード・エクスプレス
風が唸りを上げ、雲が空を裂くように蠢いていた。
星脈塔の最上層、かつて天文と魔術の粋が集められたこの場所は、いまや天候も魔力も制御不能な、静かなる絶望の渦に沈んでいる。
だが、その中心に立つふたりの魔術士——リュウジとセレノだけは、凛とした光をその瞳に宿していた。
リュウジは管制台に手を置き、まるで地上のネットワークを俯瞰するかのように、眼下の星脈網に目を凝らす。
天球儀が刻む時間が、残された猶予を無言で告げていた。
「……鉄道ってのはな、現実世界でも屈指の複雑なシステムなんだよ」
リュウジがゆっくりと口を開く。
「時刻通りの精密さ、乗り継ぎの連携、安全性、通勤ラッシュ時の需要変動対応——矛盾する要素を同時に最適化する、ある意味“地上の魔法”だ」
彼の声は、どこか懐かしさを帯びていた。幼い日のソウヤの笑顔が脳裏をよぎる。
「だから俺は、星の運行を鉄道に見立てた。魔道レールを復旧させる『星のコード』、それが《ステラコード・エクスプレス》だ」
セレノが神秘の笑みを浮かべた。
「ふふ……星と列車、どちらもレールを走る理の使者……詠唱詩にふさわしい」
「セレノがステラコード・エクスプレスを詠唱している間に、俺たちは星脈網の暴走原因をぶっ潰す」
リュウジの目が鋭く輝いた。
タクマとテルキも武器を構え、頷く。
そのとき、上空の暗雲が低く唸った。塔を覆い尽くす不穏な雷雲——その奥に潜む気配に、テルキが反応した。
「先輩、ここって、魔王ブランダの支配領域ですよね? この気配……」
「……間違いない。あれは『第三ボス』の前兆だ」
星脈塔の頂にて、リュウジが静かに、力強く告げる。
「さあ——始めよう。セレノ、頼んだぜ!」
セレノが杖を掲げ、風と星の魔力を一気に引き込んだ。瞳が星色に輝く。
「コード詠唱——ステラコード・エクスプレス発動!」
そして、詠唱が始まった。
《星霊時刻表、照合開始。天球軌道、現在位置をスキャン中……》
《星霊列車の通過遅延を検知。緊急制動プログラム、展開!》
《混線回避ルートを構築中……補正符を注入……レール同期モード、起動》
《軌道再計算、星のリズムを再描画中。流れ星の交差点、通過シグナル送信》
《魔力スロットル、最適出力へ移行。時空列車、定刻へと復旧中……》
《全運行、正常。星霊鉄道、完全復旧を確認!》
詠唱のラストと同時に、塔を貫くようにして閃光が昇る。
セレノの箒から、リュウジの杖から、光柱が空を突き刺し、暗雲を焼くように裂いた。
雷雲の奥から、悲鳴のような呻き声がこだまする。
「いたな……原因は《フォグマレイ》。電磁気を撒き散らす霧状の魔物どもだ!」
上空から降り注ぐ黒霧の波——それは無数のフォグマレイだった。
星の運行を撹乱し、魔力の導流を狂わせる存在。
セレノの光が、それらをひとつ、またひとつと焼却していく。
だが。
その中心に、なおも焦げ残る『影』があった。
黒霧の王——この暴走の真なる核。
その時。
「アークコード、発現……バグ干渉、可能!」
ファル・フィンが天上に躍り出た。
風と魔力を巻き上げ、天球儀の中心へと手を伸ばす。その動きは、まるで星を導く巫女のようだった。
《思考フラグ:第三ボスモンスター:デザスターの兆候を確認》
《運行ロジックを再構築中——【天文】と【鉄道】のコード同期、完了》
《魔術士【セレノ・ノクス】の【記憶】を再インストール》
《アテンション:デザスターの降臨確率——100%》
「100パーセント!?」
全員の声が重なった。
タクマが叫ぶ。
「よし、仕様変更します!」
その声は、どんな雷雲よりも明瞭だった。
「セレノはもう塔の掃除屋なんかじゃない! 星の運行と魔道レールの運行を同時に司る、大陸一いや、宇宙一の『大魔術士セレノ・ノクス』へと、再起動だ!」
セレノの箒が変形する。
魔力の導線が編み込まれ、蒼い輝きを帯びた《マジックロード》へと進化する。
リュウジがにやりと笑った。
「出発進行だ、星の運行も、都市のレールも、今日から俺たちが管理する!」
タクマが《三日月ムネチカ》を構え、リンが《女神のペン》を掲げ、ヴェルザが《魔神の筆》を握り、グラムが《ストームブリンガー》を振り上げ、ファルが空を翔ける。
「全員、ボス戦開始だ!」
「了解!」
雷が轟き、塔が揺れる。
だがそのとき、彼らの心はどこまでも静かだった。
この戦いは──理を修正し、星の未来を取り戻すための戦い。
全員が見上げた夕空は、久方ぶりに、星が光っていた。




