第十話
ゆっくりと寝た翌日。
おっさんは呟いた。
「もう一年くらいここにいるよな」
数えた訳ではないが
体感的にそう感じた。
頂上まで行くってことは、
あと一年半くらいはかかる訳だ。
衣食住に不満はないが…
飽きたのだ。
どんな大きい現場でも、やればやっただけ進捗があるし。
終わるが見える。
「ここでの結果は、壁に刻まれた数字だけ。進捗が可視化されすぎてて逆に辛ぇ…」
➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖
ぐずぐずしていても、終わりはやってこない。
重たい腰を上げ、おっさんはヒリヒリと疼く尻をさすりながら、また歩き出した。
【10000f】
部屋は、階段を一周しただけで、すぐそこにあった。
だが、奇妙なことにモンスターの気配がない。
いつもなら、扉の奥に潜んでいたり、部屋の隅から現れたりするものだが——今のところ、何も。
石造りの空間は、これまでよりも幾分か無機質で、静かだった。
草も、装飾も、罠すらも見当たらない。まるで“何かが終わった後”のような、冷えた余韻が残っているだけ。
壁を叩いても、床を蹴っても、反応はない。
おっさんは肩をすくめ、煙草に火を点けた。
ふぅ、とひと息つき、白い煙を吐き出す。
そこに、トゥエラが小さな足取りで部屋の中央へと歩いていく。
いつものように、ただの探索だと思っていた——その瞬間。
床が、光った。
真四角の空間いっぱいに、丸い紋様が浮かび上がる。
それはまるで、神殿の封印でも解かれたかのように、音もなく、荘厳に輝き始めた。
幾重にも絡む幾何学模様。
無数の細い線が、ひとつずつ光を帯びていく。
それらはやがて、中央に立つトゥエラへと集い、まるで“選ばれし者”を認識したかのように、彼女の足元を囲んだ。
「……魔法陣?」
アニメでしか見たことがなかったその光景が、現実として目の前にある。
そして——
トゥエラの身体が、静かに、そして確かに——発光を始めた。
➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖
目の眩むような光が、やがて静かに、波紋のように収束していく。
残された光の粒が、金の砂のように宙を舞いながら床へと降り注ぎ…
そこに立っていたのは——
もはや“幼女”ではなかった。
すらりと伸びた手足。
揺れる長い髪。
あのトゥエラの面影を残しつつも、どこか気品と風格を纏った、見知らぬ美しい女性がそこにいた。
だが、瞳だけは変わっていない。
懐かしい、強く、優しい光を湛えたまま、こちらをまっすぐ見つめてくる。
そして、彼女は口を開いた。
「……妾は、トゥエラ・アーキペルラ。かつて、ドワーフの王家に連なる者なり——」
まるで昔語りのような調子で、ゆっくりと語り始める。
おっさんは、煙草の火を落としそうになりながら、口を開けたまま、しばし硬直していた。
「……え、誰?」
手には、美しくもどデカい斧を携えて——
まるで泉に落とした時に拾ってくれる“正直者だけが出会える人”みたいな。
威風堂々たる佇まいのまま、一歩。
魔法陣の中心から足を踏み出すと…
「ぴこんっ」
音が鳴った気がした。
次の瞬間、元通りの幼女だった。
ちょこんとした姿に、巨大な斧だけが場違いに残る。
「探偵かよ……」
おっさんのツッコミが、塔の壁にやけに響いた。




