第九話 すっけくはねーからいけっぺ
森の帰り道で気がついたのだが…
トゥエラが臭い。
これは重大事件である。
「浮浪者臭のする幼女」
ではファンも付くまい。
おっさんは拠点に帰り着くと平らそうな地面にブルーシートを広げ、中央にズズン!
と、ユニットバスを腰袋から取り出した。
以前地球の現場でおっさんが組み立てた完成品である。
やはり謎のパワーでお湯が出る。
「自動」ボタンを押せば、湯船が溜まり出す。
トゥエラを呼び、服を全部脱がせ風呂に連れ込む。
おっさんはロリコンではないので余裕だ。
出張用のカバンを腰袋から出し、
カバンからシャンプーやリンスやボデーソープを棚に並べて、
徹底的に幼女を洗った。
獣の毛皮のような服は洗濯機にぶち込み回す。
裸では風邪を引くので、
何か無いかと腰袋を漁れば、
生前に行った、工務店感謝祭「ちびっこお仕事体験教室」
のために用意した、ありとあらゆる子供用の作業服が出てきた。
適当に合わせてみて、
丁度サイズの合いそうな服を着せる。
パンツやシャツもあった。
着替えたトゥエラは…
ピンク色の上下セット作業服
ズボンは中程が膨らんだニッカポッカ。
上は行方不明者みたいな長袖シャツと、
ピンクのチョッキ。
土方の精霊の爆誕である。
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シャンプー類はすべて、五十代からの加齢臭用だった。
女の子らしい香りには程遠いが、臭いよりは何倍もマシだ。
おっさんもサッとシャワーを浴びて汗を流し、晩酌の支度に取りかかる。
──そういや、帰り道で妙なのを見た。
羊……っぽい見た目だったが、
おっさんが道具を出すより早く、トゥエラが仕留めてしまった。
なかなか危ない幼女である。
解体して持ち帰ろうと近づくと、モジャモジャのはずの毛はやけに艶があり、
指でつまんでみると……ストレートで柔らかく、しかもツルツルしている。
「……パスタかよ」
ツッコミを挟みつつ、腹を割って可食部を取り出し、魔石もチェック。
不要な部位は穴を掘って埋めた。
合掌。
そしてふたりは、いつもの道へと戻っていった。
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まな板の上でさっき釣ったサーモンの切り身を食べやすく切り、皮を丁寧に剥ぐ。
皮はパリッと焼いて、おっさんのツマミにするので横に避けておく。
鍋に湯を沸かし、適当な長さに切った羊の毛を茹でる。
フライパンに羊の睾丸を溶かし、切り身の鮭を並べて焼く。
木べらで潰すようにほぐしながら火を通すと、脂がじゅわっと滲み出てくる。
火が通ったところで、ミキサーでトロトロにした羊の魔石を投入。
ふつふつと煮立ったところで火を止め、大蛇の骨粉末と、
サーモンの岩石部分を上から削りかける。よく混ぜて、ソース完成。
水を切ったパスタをアツアツのままフライパンに投入。
とろとろのソースを、トングでしっかり絡めれば──
「サーモンのクリームチーズパスタだっぺ」
おっさんは、焼鮭の皮をツマミに酒を呑む。
「おいちーおいちー」と歓喜するトゥエラを、
どこか微笑ましく眺めながら──。
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そういえば、とおっさんは充電式冷蔵庫を出し中を探ると…
ゼリーがあった。
中に桃が丸ごと入ってるやつだ。
以前のリフォーム中に
一服休憩のときお施主様が出してくれたものだ。
おっさんは、夜の酒が不味くなるから…
そーっと冷蔵庫に隠し、
同僚や若い衆は喜んで食べていた。
出してみて、賞味期限を見るが…
今がいつなのかすらわからないので、蓋を開け匂いを嗅ぐ。
「すっけくはねーからいけっぺ」
と、お嬢様にだしてやる。
ぷるんと揺れるゼリー。
トゥエラが首をかしげ、スプーンですくって──目をまん丸にする。
桃の果汁が口いっぱいに広がったのだろう。
「ふああ〜っ」と謎の声を漏らしてまた一口。
おっさんはそれを見て、ちょっとニヤけた。
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果物、か──。
肉も魚も見つけた。ならば、森のどこかに甘いもんが潜んでいてもおかしくはない。
なんせ昆布は草むらに生え、木から調味料が滲む世界である。
“何が出てきても驚かない”と誓っていたが、正直ちょっとワクワクしていた。
明日からの探検──いや、食材ハンティングは楽しみで仕方ない。
横目で見ると、トゥエラがぐらぐらと船を漕ぎ始めていた。
「ほれ、寝れ寝れ」
ひょいと抱えて“起きたくない君”に投げ込む。
窓の外は、紫の夜。森のてっぺんから覗く星は、どこか地球とは違っていた。
酒を一口。煙草に火をつけ、ひと息。
……ああ、ちなみに。
窓とドアは、こないだ作った。書き忘れたが。