第五話 天空の塔 神の爪楊枝
思ったよりも塔は遠かった。
近いと思っていたのは、空気の澄んだ砂漠の目の錯覚か、あるいはトルネードポテトの魔力か。
翌日、ようやくその足元に辿り着く。
圧倒的な質量の石造りの螺旋塔。
おっさんはしばらく見上げるが……
無理だ。どこまで見てもキリがねぇ。
首が痛くなった頃、素直に目線を地面に戻す。
「登るなら、まずは入口探さねぇとだな」
そう呟いて、塔の根元をぐるりと歩き出した。
塔の基礎部分を一周して確認していると——
それはあった。
【定礎】
日本の新築マンションでもよく見かける、アレだ。
一カ所だけ、材質の違う黒い石。
手を近づけると、ボワァ……と淡く輝き、
無音でパカッと開いた。
中は、小さめの金庫ほどのスペース。
奥行きもそれなりにあるが、入っていたのはただ二つ。
図面のようなものと、説明書き。
「なになに……てんk(てんそら? てんくう?)……」
声に出しながら読み進めていたおっさんの目が止まる。
【天空の塔:神の爪楊枝】
……ネーミングのセンスはさておき、書かれていることは真面目だった。
地上二万五千階。
管理者:ドワーフ帝国
「……らしい。」
おっさんは焼酎をすすりながら、静かに紙を戻した。
図面のほうは、スケッチブックほどの大きさしかない。
……が、不思議なことに——
めくってもめくっても、ページが尽きない。
ペラペラペラ……100階あたりまで目を通してみたが、
どのページも、まったく同じ構造図だった。
「図面の意味あんのか?これ……」
思わずツッコミを入れながら、図面を元に戻す。
そして一歩離れると——
フォーン……
音もなく、しかし厳かに。
黒い石の【定礎】は、自動的に閉じた。
塔の外周に這う様な螺旋状の階段。
上の方を見ると、ところどころ入り口も見て取れる。
「しれん」
横のトゥエラがぽつりと呟く。
「え、ここなの?お前の目指してた場所」
「わからないのーずっとまえだからー」
こんな塔…
登るだけでおっさんの寿命が尽きそうだ。
が…
「いくしかあんめぇ」
娘達を見やり、のんびりと階段に足をかける。
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コツ、コツ、コツ、コツ…
踏みしめるたび、音を鳴らす石段。
随分と硬い石のようだ
墓石みたいな…そこまでツヤはないが…
道路工事の前段階で、いつも使っていた。
棒にタイヤがついたような道具。
コロコロと転がすだけで、距離が測れる優れモノだ。
異世界でもその機能は健在だった。
一周だけ、それを持って塔の階段をぐるりと回ってみる。
結果——約三百メートル。
石段の凹凸もあるし、正確な数値ではない。
けれど、おっさんの感覚では「そんなもんだろう」と思えた。
娘たちにペースを合わせ、のんびり歩く。
石段の感触と、コツコツという足音だけが続いていく。
一周してみると、だいたい五〜六分といったところだ。
——下にあった、あの説明書きが本当ならば。
二万五千階 × 六分
……計算は、するんじゃなかった。
※ ちなみに、休憩時間は見ていない。
おっさんは、ポケットから携帯を取り出した。
ぱちぱちと画面を叩き、
「……十五万……分……? だと?」
小さく声に出して確認してから、顔をしかめた。
百四日かかるらしい。
もちろん、これはぶっ通しで歩いた場合の話だ。
一日に、まあ——六時間くらい歩いたとしても……
「……4倍か。417日。」
軽く1年を超える。
塔の上に何があるか知らんが、
命より暇が試されそうだ。
まぁ……思ったよりも、
おっさんの寿命は無事そうだ。
それに気づいて、ひとつ大きくため息をついた。
娘たちには、持っていたジュースとお菓子を手渡す。
「はい、おやつタイムな」
ふたりが嬉しそうに笑うのを見て——
おっさんは、考えるのをやめた。
長すぎる旅の距離も、試練も、塔の高さも。
今はただ、階段の端っこで座り込んで、
空の色と、焼酎の味だけを感じていた。




