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第二十二話 もう一度──守ると決めた

掃除の行き届いた、清潔感のある部屋とベッド。

窓の外は、舞い上がる砂埃のせいで景色が霞んでいる。

けれど――


猫脚の洒落た丸テーブルが一つ、中央に佇み、

奥には、巨大な天然石をくり抜いた…

月の吐息を吸い込んだみたいに、内から淡く光るアメジストの浴槽。


おっさんは部屋をぐるりと見回し、言葉が漏れた。

「……いい部屋(仕事)だな」


ひとつ、息をついて、溜飲を下げた。

つい、どこへ行っても“造る側の目線”で見てしまう性分で、

不出来な仕事が目に入ると、無意識にストレスが溜まってしまう。

――そんな、ちょっとだけ面倒くさい男である。


女豹メイドに食事を頼んで一段落。

湯を張っていた浴槽がちょうど良さそうなので、汗を流しに風呂場へ向かう。


湯気の向こうに、紫に揺れる湯船。

重厚なのに、どこか落ち着くこの浴室――

やっぱり、風呂ってのはどこでも偉大だ。


服を脱ぎかけたその時、

背後でぱたぱたと足音。


「おっふろ〜!」

「私も…入ります!」


気づけば娘たちも脱ぎかけていた。


「おいおい……」


ため息まじりに眉をひそめたものの、

どこか諦めたように肩をすくめる。


「……まぁ、いいか」

湯気のせいにして、赤くなった頬を隠した。


背中を流し合い、髪を洗ってやり、

三人で肩までゆっくりと湯に沈む。


「あ〜……沁みる……」


余裕のある広さが嬉しい。

何気ない時間に、じわりと疲れがほぐれていく。


➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖


風呂から上がり、髪を乾かしてやっていると――

扉の向こうで、控えめなベルの音が鳴った。


女豹メイドが現れ、無言で軽く会釈すると、

押してきたワゴンを部屋の奥へと運び込む。


銀色のドーム型の蓋が、かちりと音を立てて開く。

中から立ち上るのは、異世界とは思えぬ、どこか懐かしくすらある――スパイスの香り。


「おぉ……!」


湯気と共に現れたのは、焼きたての皮に包まれた具材たち。

肉と野菜が色鮮やかに盛られた、小ぶりな包みが円形に並び、

中央には切られた柑橘と、謎の緑色のペーストが添えられている。


その周囲を囲むように、揚げ物や煮込み料理、

謎の豆のペースト、パリパリとした三角の焼き菓子のようなもの。


見た目だけで満腹になりそうなその料理群に、娘たちも目を輝かせた。


「……で、これはどうやって食うんだ?」


おっさんが問うと、女豹メイドは一礼して言った。


「こちらの料理は、すべて――お手をお使いくださいませ」


「手かよ!」


思わずツッコむおっさんをよそに、

トゥエラはすでに小さな手で包みを取り、もぐもぐと頬張っている。

テティスはというと、初めての料理に少し警戒しつつも、

香りに惹かれてゆっくりと指先を伸ばした。


「……まぁ、いいか」


おっさんもひとつを手に取り、かぶりつく。


パリッとした皮が歯に心地よく、

中の肉は柔らかく、スパイスが口の中ではじけた。


「……これは、うまい」


娘たちも夢中になって貪っている。

作法もなにもあったもんじゃないが、

それがまた“旅の夜”って感じで、悪くない。


窓の外では、風に舞う砂が夜の街をぼんやりと霞ませている。


異世界の片隅で――

スパイスの香りと、娘たちの笑い声に包まれながら、

おっさんはふと、こんな夜も悪くないなと思った。


挿絵(By みてみん)


➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖


おっさんは…最初からおっさんなわけではない。

娘達と同じような年頃の時代もあった。

その頃は…いわゆる、いじめられっ子であった。

ひとつの事に集中してしまうと、周りが見えなくなる。

そんな子供だった。


だが…


だからこそわかる。


この街の、ギルド、露店街、酒場…

各所で感じた、背中に刺さる悪意。


何かをされたわけではないが、

これは間違いない。


幼少の頃、常に感じていた。

揚げた足の軸足を刈り取られるような…


やも言えぬ不安を、

酒で流し洗おうとジョッキを傾けるが…


窓の外の濛濛もうもうとした砂塵のように、心は晴れなかった。


無邪気に眠る家族を見やり…

もう一度──守ると決めた。

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