第二十一話 魔力は……感じません。たぶん……人力、かと
ギシィ…ギシィと音を立て、ギルドの奥から現れたのは――
黒猫だった。
太々しい態度で、毛を膨らませた尻尾をバスン!バスン!と床に叩きつけながら…
おっさんの周囲を“斜に構えたポーズ”で跳ね回り出す――その名も【やんのかステップ】
「てめぇが? オリハルコンだとニャン……?」
グイグイと距離を詰め、おっさんの顔をスンスンと嗅ぎ始める黒猫。
「猫かよ。」
思わず口を突いて出たツッコミに、黒猫はさらに挑発的な威嚇を返す。
シャーとかフー!とか…バリエーションも豊富。
めんどくさくなったおっさんは、三毛ドラゴンが愛飲していた魔石の欠片を投げてやった。
すると――
ズァッッッ! スワァァァァァァ!! ゴロゴロゴロ!?
「うにゃぎゃにゃれぎにゃぁぁぁむ!!!」
謎の咆哮と喉鳴らしのフルコンボをキメた黒猫は、ヨダレの海と額のコブを引っさげながら、魔石に陶酔。
「やるじゃにぇーかてめぇ…」
その姿に、まさかのギルドマスターであることを知ったおっさんは、
「この街、ほんとに大丈夫か?」と心の中でつぶやいた。
気を取り直して依頼掲示板を見てみると――
捕縛、討伐、偵察、制圧、調査……物騒な単語がズラリ。
俺は軽くため息をつき、こう一言だけ残してギルドを後にした。
「物騒な街だなおい。」
街並みを眺めながら、のんびりと竜車の手綱を引き歩く。
雑多な露店と細い道幅。
見たこともない奇妙な果物…?
香りの強い謎の草やハーブ、
不思議な模様の派手な服に、
どこか不気味さすらある皿。
「いや、独特かよ。」
全てが独特なら、それはもう普通なのであろう。
➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖
雑多な市場を抜け、
この街での拠点をどうするか――
宿を探すか、いっそプレハブを召喚して野営するか。
考えながら足を進めていると、
ふいに視界が開けた。
目の前に現れたのは、
石造りの重厚な酒場。
この街にしては妙にしっかりした外壁と、
なまじ立派すぎる木の看板が、妙に目を引く。
「……あれ?飲み屋だよな?」
どことなく、酒場にしては“主張”が強い。
それでも、漂ってくる匂いは確かに酒と肉――
人の笑い声と、音楽のような喧騒が溶け合っていた。
日差しに焼かれた頭をタオルでぬぐい、
おっさんはたまらず、扉を押し開けた。
ぎぃ――という音と共に、
じっとりと冷えた空気と酒精の香りが、鼻をくすぐる。
年季の入った古木のカウンターが、どっしりと居座り、
その奥には、
ショーでも始まるのだろうか――
小さなステージが、場違いなくらい華やかに鎮座していた。
木目の床はつややかに磨かれ、
その隅に、弦楽器のようなものがぽつんと置かれている。
「……思ったより、ちゃんとしてんな」
そう呟いて、おっさんはカウンターに腰を下ろした。
娘達を両隣に座らせ、
両手に華のご満悦なおっさんは、
片目の潰れた山賊みたいな店主に声をかけた。
「強い酒をくれ。子供達にも、ジュースを」
店主はグラスを磨く手を止めずに、
ちらりとこちらに目をやる。
「……おい、あんた。
ここぁ、ガキを連れてくるような場所じゃねぇぞ」
高い目線で、おっさんを睨みつけてくる。
その視線に、場の空気がわずかに凍る。
「……めんどくせぇな」
仕方なく、俺は腰袋から
虹色の例のアレ――
をテーブルに滑らせた。
もやもやと、香のような煙を立てる不気味なソレ。
店主は一瞬、それが何かわからず凝視したが――
「……オ、オリハルコン……!?
冒険者だと……!?」
顔色が変わった。
カウンターの奥の酒瓶がカタリと揺れる。
腰袋にしまっておけば、モヤモヤしないことはわかったので、
仕方なく…受け取ってはきたが――
できれば、あまり出したくはなかった。
悪趣味なそのカードは、
俺にとっては“手間を省く最後の手段”でしかない。
黙って差し出したそれに、態度を一変させた店主は、
すぐさま琥珀色の液体がなみなみと注がれたジョッキを差し出してきた。
「お待たせしました、こちら……とびきりのヤツで……!」
重たくも、香り高い。
乾いた喉を潤すには、最高の一杯。
娘たちの前には、
鮮やかなスカイブルーのジュースが添えられた。
泡が立ち、グラスの縁でぱちぱちと弾けている。
光に透けて、まるで空を飲むみたいだ。
「宿を探しているんだが…治安がよく清潔なとこをしらないけ?」
ゆっくり喋ったが、訛りがでてしまった…
「それでしたら、うちの上の階へどうぞ!
酒場はご覧のとおりで、やかましいですが……
ホテルの方は、きっちり管理してやす!」
知らない街を、このあとも歩き回るのは億劫だ。
なので、おとなしく誘いに乗ることにした。
……が、待てよ。
メシ、まだだったな。
変わった露店でちょこっと買い食いはしたが――
子供たちはまだ腹減ってるだろう。
ふと他の客を見やれば、
干し肉みたいなのを噛んでる者ばかり。
どうにも、ちゃんとした食事って雰囲気じゃない。
そこで、おっさんはカウンターに向き直る。
「ホテルは……メシ、出るんだっぺか?」
もう開き直って、
いつもの口調に戻っていた。
メイド服を着た――が、明らかに中身は豹の獣人――
そんな彼女に案内され、奥の扉をくぐると。
……そこには、見慣れぬ設備があった。
鉄格子のような無骨な枠組み。
中は狭く、床が軋みそうな構造。
だが、乗ってみれば――
「お、おぉ……動くぞ……?」
ガタン、と鈍い音と共に、
それはゆっくりと上階へと上昇し始めた。
「魔法か? それとも……」
職業病がうずく。
鉄骨の組み方、滑車の影、揺れの周期――
思わず見入ってしまう。
が、その背後から、テティスがぽつりと呟いた。
「魔力は……感じません。
たぶん……人力、かと」
「……人力!?」
思わず振り返ると、
豹メイドが無言でにっこり、
どこか汗ばんでいるように見えた。




