第七話 んでは今日からここがおめの部屋だ
こんな化け物だらけの森だ。
おっさんは、酔ってはいたが油断はしない。
腰の刀で、ツンツンと少女の背中をつつく。
……だが、動かない。
息はあるようだが、反応はない。
どう見ても──幼女。
小……三くらいか?
おっさんはロリコンではない。
なので、変な気は起きない。
一応社会人としての責任感はあるので、義務を果たすことにする。
うつ伏せの少女をそっとひっくり返し、
怪我の確認をするが……
目立った外傷は見当たらない。
プニプニした、普通の幼女だ。
左手に残った食いかけの焼き鳥を顔の近くに持っていく。
すると──
「ギュロロロロロロロ……」
……震源地はここだったようだ。
串から一切れ外して、
口元に当ててやる。
だが、口を開けるものの、噛む力がないのかアワアワしている。
仕方ない。
おっさんは、
酒と煙草の香りが染みついた口で──
その肉をある程度噛み砕き、もう一度、そっと少女の口に戻した。
ムグムグ。
そして……ゴクリ。
喉が動いた。
──どうやら、生きているらしい。
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喉に詰まらせてはいけない。
おっさんは水筒を腰袋から取り出し、
少しずつ、慎重に口元へ。
むせないように、
頭を抱えて、ほんの少しだけ──。
数口飲ませては休ませ、
それを何度か繰り返す。
やがて、少女はスゥ……スゥ……と
静かな寝息を立てはじめた。
おっさんは、そっと息を吐く。
とりあえず、連れて帰るか。
お姫様抱っこで少女を抱え、
二連梯子を後ろ向きに登る──
そう、“上昇ムーンウォーク”である。
「ポゥ!」
と、誰にでもなくつぶやいたあと、
デッキにたどり着き、少女を寝かせる。
上からそっと、
犬で作った毛皮の寝具をかけてやった。
森の風が、すこしだけ優しかった気がした。
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この森に来て、
初めて見た──“人っぽい”生き物。
しかも、幼女。
「……親どこだよ」
とぼやいてみたが、
階下の森には気配もない。
仕方ない。
最近ようやく完成した、
おっさん自慢の干し肉を、
小鍋に入れて煮込む。
そう──あれは数日前。
森でバランスボールを繋げたような化け物芋虫を
間違って草刈機で真っ二つにしてしまったところ──
なぜか、ドチャリと米が出た。
……まあ、異世界だしな。
一応ちゃんと水で研ぎ、
その米も一緒に鍋へ。
グツグツと、少し煮過ぎるくらいに炊き、
水を足し、しょっぱ過ぎないように調整。
ちょっとだけ砂糖も入れて、火を落とす。
夜風にあたりながら鍋を冷ます間、
おっさんは酒でほんのり火照っていた。
やがて──
モゾ……モゾ……
幼女が動いた。
おっさんは、スプーンを手に取り、
完成した一杯をすくい、そっと口元へ。
名付けて──
「特製カニ雑炊:離乳食風味」
口に入れると、
エアホッケーの玉みたいに、
少女の目が左右にキョロキョロと動き出す。
だが──
一拍おいて、
うっとりと目を閉じた。
……味は、気に入ったようだ。
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最初は弱っていたようだが…
結局土鍋一杯、全部食いやがった。
どんな幼女だ。
するとあっとゆうまに目がトロンとなり、
床に頭を打ちそうになったので…
「めんごくて仕方ねぇから…」
と、
以前特注で造らされた、「起きたくない君」
を腰袋から召喚する。
これは、厚み5ミリ程度の、
アンティークな天然木を、
釘を使わず、結束線。
(鉄筋コンクリートの鉄筋を編む為の針金)
で、縫っていき、完成した器に、
人をダメにするビーズクッションを複数嵌めた、…
「家族をダメにするビーズベッド」
を展開し、寝かしてやる。
なんだか分からんが、
異世界だ。
そうゆうこともあるのだろう。
作ったもの全てを喰われたおっさんは、
ゴロリと寝転がり、タバコと酒を楽しんで、今日を終えた。
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目が覚めると、幼女は居なかった。
しかし階下から…
「ふぎゅうぅ〜」
とか
「うきゃあぁ〜」とか聞こえた。
とりあえずコーヒーを沸かし、
ステンレス保温タンブラーに詰め、
余りをカップに注ぎ、
空を見上げ一服。
良い天気だった。
きーとかきゅーとかうるさいので、
下に降りると…
まぁまぁの巨木に斧が刺さり、
押しても引いても取れないの図。
が出来上がっていた。
「朝っぱらからせづねーこと」
おっさんは近寄るが、
警戒したり襲ってくる様子はなく、困ったようにモゴモゴと…
「bxjふぃひfけj」とよく分からない言葉を言っている。
おっさんはその斧に手を掛け、グイッと引っ張るが…抜けない。
まるで、木が怒ってるようだ……って、
本当にオコであった。
少し上を見上げると樹皮がグニャグニャ動き、
あれだ、般若。
ウロが吊り上がり、枝がツノみたいに伸び、
斧を噛み砕きそうになっている。
「んだこの…」
エンジンチェーンソーは、排気ガスが臭く、服も汚れるので、
充電式チェーンソーを出し、
「ギャリリリリイィィィィィィィィィィ!」
とぶっ倒して斧を救出してやった。
ほれ、と手渡すと…
口をパクパク、目がグルグルし、
ぶーと泡を吹いて倒れた。
「なんだっぺ?」
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細めのタワマンを一棟解体し、
景観法的に見晴らしの良くなった森で、
幼女の口の泡を見て、カニを思い出すおっさん。
折りたたみ式アウトドアテーブルを広げ、
七輪をドン、と出し
カニをジュウジュウ焼いてゆく。
切り倒した般若の口から出た魔石を振ると、
チャポチャポ音がするので…
両手で捻ってみると、ガチャガチャのカプセルみたいに開いた。
中身は……今まさに欲しかった酢醤油だ。
霧吹き式の調味料入れに移し、焼けたカニにシュッシュと吹いて、パクリ。
朝からご馳走である。
特に予定のないおっさん。
こんな樹海で予定もクソもない。
朝から酒を楽しみ、焼きガニにうつつを抜かす。
幼女が起きてきたので手招きし、一緒に食う。
ホットミルクを沸かし、砂糖を塗してやり飲ます。
ほっぺが落ちそうである。
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身振り手振りと…
面白い顔と…
「xbうぃgートゥエラ」
というワードで
「トゥエラっちゅーのけ」
おっさんは事情を理解した。
樹海で一人で腹っぺらしいだという事だけ。
まぁ狭い部屋だが幼女一人くらいどうということはない。
「一緒に住むけ?」
と聞くとブンブン首を縦に振っていた。
「んでは今日からここがおめの部屋だ」