第六話 ピンク色の髪をした幼い少女
旨い酒に酔った翌日、
おっさんは、いよいよ拠点の建築に取り掛かった。
立っているのは、水平に揃えられた四本の巨木の切り株の上。
見晴らしは良いが、足場としてはまだ頼りない。
まずは土台を組む。
自分の乗っている幹から、隣の幹へ。
寸法通りに加工された材木を一本ずつ渡していく。
それを四度繰り返し、正方形の枠組みが完成する。
材木同士は、噛み合わせや差し込みを用いた伝統的な仕口加工で接合。
──だが、そこは説明し始めるとキリがないので割愛する。
結果として、がっちりと組まれた正方形の枠。
これが、おっさんの拠点の床面積だ。
広くはない。大体八畳ほど。
だが、この空中に浮かぶ小さな台地が、
これからのおっさんの“本拠地”となる。
土台を幹にがっちりと釘止めしたあとは、柱を立てていく。
ただ立てるだけではない。
柱の芯に、壁板がぴったり収まる“溝”を掘っておくのだ。
これが後に、壁材を滑り込ませる“受け”になる。
土砂崩れを防ぐ、
あるいは崩れた斜面を直している現場を見たことがあるだろうか。
H鋼と呼ばれる鉄骨を地面に打ち込み、
その溝に木板や鉄板をずらりと挿し込んでいく──
いわゆる“矢板”と呼ばれる工法だ。
新たに崩れてきた土や石を受け止め、
道路や構造物を守るための、大切な現場技術である。
──そしていま。
おっさんが建てている異世界の拠点も、
その構造はまさに“あれ”と同じ理屈でできている。
柱には溝を掘っておき、
そこへ壁板をスッと落とし込んでいく──
強くて、早くて、合理的。
異世界でも、現場は変わらない。
➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖
そうやって柱と壁板をすべて嵌め、
とりあえず囲まれた空間は出来た。
床も貼り終わった。
『ロ』 型に組んだ土台にさらに梁を渡し、
『囲』 のような感じで組み、
腰袋から出てきたコンパネを張った。
床と壁ができれば、残るは──屋根だ。
だが、その前にやるべき工程がある。
桁と梁。屋根を支えるための、骨組みだ。
桁とは、柱のてっぺんに渡す横架材。
土台と同じく、建物の四隅をしっかりつなぐ要となる。
梁も同様。
床でやった作業の“繰り返し”ではあるが、
屋根を語るなら、この工程は避けて通れない。
四方に桁を回し、
その上に梁を等間隔で通す。
そこへ──「山」の字のように、束を立てる。
短い柱を中央に、
左右へと広がる勾配を作るように、屋根の背骨「母屋」を渡す。
その母屋の上に、屋根垂木を等間隔で流す。
最後に木板を張って、しっかりと固定すれば──
屋根の完成、である。
まだ出入り口も、窓もない。
けれど、完全に囲まれた、密室ができあがった。
ここはもう、
森の中に浮かぶ、ひとつの“家”だ。
➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖
ドアも窓も、後回しでいい。
とりあえず、おっさんが出入りできる程度に、
壁にノコを入れてガバッと開口を作る。
──そうなれば、やるべきことはひとつ。
新築祝いである。
今日は大安だ。
おっさんの中では。
屋根に登って周囲を見渡すと、
頭上にピカピカ光る大きな鳥が飛んでいた。
……これは、祝いの神からの贈り物かもしれん。
バシュバシュバシュ!
釘打ち機を連射。
鉄の釘が翼を貫き、雷鳥は回転しながら墜落した。
着地と同時に、バチバチと雷がはじける。
地面が焦げる音。
おっさんは迷わず腰袋から感電防止用ゴム手袋を取り出し、
慎重に鳥をキャッチ。
釘が刺さった位置が良かったのか、
ショートしたように雷が収まり、
ふわりと“焼き鳥の匂い”が立ちのぼる。
──これは、もう。
胸を包丁で割くと、コロリと小さな魔石が出てきた。
ぺろりと舐める。
……塩だ。岩塩系。
おっさんはそれをハンマーで粉々に砕き、
処理した鶏肉にまんべんなく擦りつける。
炭火でじっくり焼き上げ──
ひとくち。
「……旨いんでねーの」
思わず鈍る、おっさんの語尾。
おっさんは、塩だ。
タレは──もう卒業した。
おっさんだって、
最初からおっさんだったわけじゃない。
青春《中二病》もあったし、
恋もしたし、
愛する人と、結婚もした。
若い頃は、家系ラーメンの黄金期。
昼も夜も、毎日のように食っていた。
だが──時間は残酷だ。
三十代で、急に下腹が出はじめ、
四十代で、疲れが翌日に残るようになり、
まもなく迎える五十代では、
飯の量は減り、酒の量は増え、
コッテリ系を脳が自然と避けるようになった。
──なんという、絶望。
だがその絶望の先に、
“イカ刺しの旨さ”を知る日が来た。
あの、淡く透き通った白。
コリッとした歯ごたえ。
噛みしめるほどに滲む、自然の甘み。
それはもう、
若い頃には決してわからなかった旨さだった。
➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖
気分の良くなったおっさんは、
一張羅を脱ぎ捨てる。
代わりに身にまとったのは──
社員旅行の時に奮発して買った、鯉の泳ぐ和柄の作務衣。
腰には良い感じに曲がった小枝を据え、
口元には森で毟ったカイワレ大根。
徳利に日本酒を注ぎ、
手酌で一杯やりながら、なぜか低い声でひとこと。
「……辱い。」
──完全に、用心棒の先生ゴッコである。
片手に焼き鳥、片手に熱燗。
キュッと啜って、ガブリと頬張る。
最高だ。
酔いと肉と塩と、そして俺。
……だがその時だった。
「ギュロロロロロロロロ!!!」
森の奥から、獣とも機械ともつかぬ、奇妙な音が響く。
「何ヤツ!?」
などとほざきながら、
酔った勢いそのままに森へと降りていくおっさん。
そして──
そこには、
ピンク色の髪をした幼い少女が、倒れていた。




