第二話 おでんでも作るかぁ
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『雪に閉ざされた樹海と、冬ごもりの始まり』
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最初のうちは──
まさか、こんなことになるとは思ってなかった。
寒さが深まり、ちらほらと雪が降り始めた頃。
俺は、いつもの現場作業と同じノリで、
「まぁ、スコップでちょいちょい除ければいけるっぺ?」
と、軽く考えていた。
雪を一輪車に積み、下界へと投げ捨てる。
まだまだ降るようなら、積もるなら…ダンプと重機でも出せばいい──
そんなふうに思っていた。
──が。
翌朝。
玄関ドアは開かず、
窓を覗けば、2階の娘たちの部屋の高さまで、
白い壁が積みあがっていた。
「いやいやいやいやいや」
ちょっと笑えない。
そんな俺をよそに、
トゥエラがけろっとして言う。
「いつもこれくらいふるよー。だいじょぶだいじょぶー」
……そうなのか?
……そうなのかもな。
なら、しょうがない。
この家は頑丈だ。
いくら雪に埋もれたって、びくともしない。
だったら──
「おでんでも作るかぁ」
寒い夜に、おでんと熱燗。
これ以上に何を望む?
俺は、鼻歌まじりに台所へ向かった。
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まずは、大根の皮を剥き、輪切りにして、
米を研いだ時の濁り汁で軽く下茹でする。
里芋とじゃがいもは普通の湯で別に下茹で。
タコの足は串に刺して、まっすぐ成形。
厚揚げとがんもどきには、熱湯をぶっかけて余分な油を落とす。
ちくわは斜めにカット。こんにゃくも軽く湯通し。
飾り包丁も忘れずに。
ゆで卵の殻をむき、焼き豆腐を適当な大きさに切り分けたら──
段取りは完了だ。
土鍋にみりんを注ぎ、ひと煮立ちさせてアルコールを飛ばす。
そこに、ダシ汁、薄口醤油、濃口醤油、酒を加え──
いい塩梅になったところで、すべての具材を一気にぶち込む。
グツグツ、コトコト──
鍋の中から立ち上る、芳醇な香り。
台所の入り口には、娘たちが指を咥えて並んでいる。
「まだだぞー」
手を振って制しつつ、
火のそばで顔が火照ったおっさんは、
手近なジョッキにビールをなみなみ注ぎ──
グイッと喉へ流し込んだ。
ぷはぁ、と息をつきながら、
完成を待つ時間もまた、冬の贅沢だと知った。
約一時間、とろ火でじっくり煮込んだおでんを、ついにテーブルへ運ぶ。
レジンの天板を焦がさぬよう、間に板を敷き、土鍋をドン!と据え置く。
「よーし、食っていいぞー!火傷すんなよ?」
室内も鍋もアッツアツなので──
「熱燗じゃなく冷酒だな、こりゃ」
そう呟き、冷えた酒をぐいっと一杯。あまりのうまさに、すぐさまおかわりを注いだ。
湯気の立つ大根を頬張りつつふと見ると、トゥエラが皿のカラシに興味津々である。
ちょこっとだけ付けてやると──
「ふぇぇっ!」
鼻にカラシが直撃したらしく、顔をくしゃくしゃにして悶絶している。
おっさんは、ぷっと吹き出してしまった。
一方、テティスはというと──
手のひらをかざして魔法を使い、ゆで卵を宙にふわりと浮かべていた。
くるくる回転させながら、冷ましているようだ。
……小水を我慢しながら。
「魔法って、大変なんだなぁ……」
そんな、ぬくもりと笑いに包まれた冬の夜だった。




