第六十四話
『ゔにゃ〜〜〜〜〜〜〜ご〜〜〜〜』
ドルゥンッという効果音が聞こえてきそうな感じで、巨大なウナギの腹が割れて黒猫が出てきた。
地面に転がる八匹のウナギは、ミイラのようにカピカピに干からびていて、ヌメヌメした体液は全て出し尽くしてしまったのか、ヒクヒクと瀕死状態のようであった。
「また猫が出てきたんけ。今度のは随分とフッサフサでモップみてぇな黒猫だなぁ」
この異世界は、何かにつけて猫が現れる。
初めて見たのは──
果てしなく高い山を登り、噴火口からマグマ溜まりまで降りてみた時に出会った、三毛猫風ドラゴン。
それから猛吹雪の山頂にいた、白猫のみーちゃん。
酒造りの材料集めに樹海の奥地へ行った時にいた、デブ猫のワリ太郎。
そして──ウナギから産まれた……黒猫。
『ヌメヌメして痒かったニャ〜〜〜!
おいらはこの世の情慾を司って、何千年もここでヌメヌメしてた……ウナ、う?
──ウニャ〜〜〜〜ゴ!猫だニャー』
そこへ、どこから現れたのか、車には乗っていなかったはずの白猫みーちゃんと、でっぷりとしたサバトラ柄のワリ太郎が寄ってきて、フサフサ黒猫の毛繕いを始めた。
猫のことは猫に任せておけばいいかと、おっさんはみんなのメシの支度を始めた。
落ちていたウナギはほぼ瀕死のようで、黒猫にコレは食ってもいいのけ?と聞いてみると、構わないそうなので、捌くことにした。
家で鰻重を食べ終わった後、女神像がくれたスーパーのカゴは消えていなくなったのだが、
小壷に入った秘伝のタレと、山椒の瓶はテーブルの上に残されたままだった。
どうやらこれも、使っても減らないエターナル系の調味料のようなので、有り難く頂戴することにして今日も蒲焼きを焼いてゆく。
せっかくのピクニックなので、炊き上がったご飯にウナギの蒲焼を混ぜ込んでゆき、ひつまぶしおにぎりにしてみた。
更に最後に網の上で軽く炙ってタレを塗り込み、
『焼きウナギリ』となりまして──
大好評のうちに一つ残らず食べ尽くされてしまった。
ネコ達には、ウナギの骨を細く刻んで素揚げにし、湯掻いた身と混ぜ込んで食わせてやった。
大きめのどんぶりに一杯作ってやったのだが、3匹の猫はガフガフと顔を突っ込んで、舐めたように綺麗に食い切ってしまった。
「トンネルはついでに掘っちまったけんど、受けた依頼はこれで完遂なんだっぺね?」
と、リリに確認をとってみると──
「はい、帰りがけに一応確認は必要ですが、渓谷の暴れ龍討伐は遂行されましたね。さすが旦那様です」
凄腕と言われる冒険者達が手に取らない様な討伐依頼と、国家事業となる何年掛かるかもわからないような、山脈貫通道路をピクニック気分で、わずか半日程度で終わらせてしまったおっさん家族。
帰り道はリリの運転でトンネルを走り抜け、渓谷に掛かる橋の上から双眼鏡で谷底を覗いてみると……
洪水のように流れていた筈の川は何故か穏やかな水面となっていた。
その理由を、おっさんが知ることはないのであるが、この世界中の──人間に限らず、魔物、動物、植物、虫や微生物に至るまでの繁殖のバランスが正常化された為、竜脈の一つであったこの川の流れも正常になったのである。
先程までのコーヒー牛乳のような水とは違う、澄んだ川底を観察してみると──
鮎っぽいのや、ハゼ、ウナギ、ニジマスなど、淡水にいそうな魚が沢山泳いでいるのが見えた。
化け物ウナギさえ居なくなれば、この川は放っておいても、生態系を取り戻して魚にも、漁をする人間にも穏やかな世界となってゆくことだろう。
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それを見届けて、自宅へと転移して帰還するおっさん家族。
それから幾日かが経ち、ようやく渓谷まで辿り着いた国王と、開拓作業者達の大所帯は、橋脚の一本すらない不自然な橋や、王宮の豪華な壁よりもよっぽどツヤツヤで整った、山脈を穿つ坑道を目撃してしまい、全員が膝から崩れ落ちるのであった。
王妃はその完成された光景を見つめ、静かに目を細める。
「また……あの子達がやってくれたのですわね」
そして王の手をそっと握り、指差す先を示す。
「貴方……ほら、あそこをご覧になって」
王が視線を辿ると、岩壁に掘られた輝く石板があった。
そこには、こう刻まれていた──
『トゥティパトンネル』『トゥティパ大橋』




