第五十八話
お城でのモーニングティーを終えた三人は、
『アリガーターヤ防具店』を目指して街へと繰り出した。
パステルの背から伸びる妖精の羽根については──
「隠す必要はありません。国民に魅せて歩きなさい」
という王妃の言葉に従い、三人は堂々と街中を歩むのだった。
パステルが二十歳を迎える年には、王城の大広間にて「成人の義」が執り行われる。
それは王族の子女が正式に成人として認められ、国民へとお披露目される一大行事だ。
そして──その場で、王族と妖精族との深き縁についても発表されることが決まった。
背に羽を得たパステルこそ、その証。
彼女は新たな時代を告げる存在として、国民に知らしめられるのだ。
その広告塔としてうってつけなのが、背に妖精の羽根を持つ王女──パステリアーナである。
今のうちから王都を歩き回り、その麗しさを国民の目に焼きつけさせることで、王家への猜疑を払拭しようという試みなのだ。
パステルはおっさんと行動を共にするようになってから、世間一般の常識や庶民の暮らしにもすっかり馴染み、屋台の肉串を齧りながら街を歩くことさえ珍しくなくなった。
中途半端な貴族が見れば「はしたない」と眉を吊り上げそうな行儀の悪さ。だが──それをしているのが、絵にも描けぬほどの美貌を持つお姫様である。
普通の町人が同じことをすればただの粗野な行為にしか見えない。
しかし、肉串を両手に歩くパステルの姿は、光のヴェールをまとった女神のように、人々の目に映るのであった。
その両隣を歩くのは、妹のような存在のテティスとトゥエラ。
特にテティスのファッションは、巨大な王都のメインストリートにあっても人目を引く奇抜さだった。
──もっとも、その注目は「センスの良さ」によるものではなく。
下乳が覗きそうなチューブトップに、しゃがめばアンダーラインすら危うい浅すぎるショートパンツ。
通りすがりの民たちは、勝手にこう思い込むのだ。
「王女様は、あのように布も買えぬ貧しき娘にも寄り添い、友とされているのだ……」
もちろん、それは誤解である。
果たして──テティスが異世界のファッションリーダーとなる日は、訪れるのであろうか?
アリガーターヤ防具店のダイルであれば、そのセンスにすら共感してくれるのだろう。
何せテティスの服は──おっさんが配給した雑誌を読んで理解を深めたビートル君が仕立てたものなのだから。
日本の渋谷を歩いたとしても二度見されるほどの露出の多さ。
そこに加えて、肌を傷つけぬ幻影製の耳やヘソのピアス。
革命を起こしたかのようなまつ毛。
そして、時折ふくらませては弾けるフーセンガム。
藍色の肌も相まって──
『難病を抱えた奴隷少女をお救いになられた王女様』
……そんな美談にしか見えない構図の、完成であった。
そんな目で見られているとは毛ほども思わぬテティスは──
「今日のあーし、マジ盛れてるし?」
と肩で風を切り、堂々と道をゆく。
一方、反対側を歩くトゥエラは猫の着ぐるみ姿。
ダンジョン攻略中に仕立てた三毛猫ドラゴンの装備ではなく、これもビートル君製の──効果は一切ないが素材だけは上等な、『白猫スーツ』である。
四足歩行が、もはや装備の憑依効果に頼らずとも自然にできるようになった彼女は、なぜか背中に本物の白猫を乗せて優雅にキャットウォークを披露していた。
カエルの親子のようなその構図。
だが王女と貧民少女の強烈な存在感の陰に隠れ、ほとんど注目されることはなかった。
肉串や生ハムバナナ、チョコメロンを買い食いしながらのんびり歩を進めていた三人だったが──
さすがに王都は広すぎて、王城から防具店まで歩いていては、いつ到着するか分からない。
そこでテティスは、先日おっさんから譲り受けた移動手段を使うことにした。
別に、魔法で三人を浮かせて飛んで行っても構わない。だがリリのミニクーパーを羨ましがっていた彼女は、どうしても原付バイクに乗ってみたくなったのだ。
旧型のベスパ──それはおっさんが若かりし頃、家で帰りを待つだけではツマラナイ、とゴネたフィリピン人の嫁を街の小さな裁縫工場へ通わせるために買い与えたものだった。
フレコンからそれを取り出し、シートに浅く腰掛けるテティス。後ろにはパステルを座らせる。
トゥエラは猫のような無尽蔵の体力で並走させれば十分だった。
パパパパパパパパパ!
2ストロークエンジンが甲高い唸りを上げ、ギャルと王女を風に変える。
馬車ではあり得ない速度で街を駆け抜ける奇妙な乗り物に、道ゆく人々の目は釘付けとなった。
もはや常連と言っても良い『アーリガーターヤ防具店』に到着した三人は、
今日は失神しておらず、活気を取り戻した店内で客の対応をしている店主ダイルを見つけた。
以前パステルが着せられて赤面していた花付きチェーンメイル。
その発展系とも言える、さらにタイトで過激なデザインの装備を手に取る女冒険者がいた。
もはや鎧というより下着──いや、痴女の領域に片足を突っ込んでいるような代物だ。
ワニ獣人の店主ダイルは、そんな装備の素晴らしさを客に熱弁している。
「わにさーん! こんにちわー!」
「ワニのおっさ〜ん、あーしのやつ出来た〜?」
「ダイルさん、ご機嫌麗しゅう存じますわ」
思い思いの挨拶をかけて店の奥へ進むトゥティパ。
その姿を見て目を丸くした女冒険者が声を上げる。
「あ、あんた達……トゥティパ様じゃないか!
アタシ、あんた達に憧れてここに来たんだよ!」
たった三人のパーティで次々と魔物討伐を成功させるトゥティパ。
彼女たちはいつの間にかA級冒険者に昇格しており、
ギルドに顔を出せば人垣ができるほどのアイドルグループとなっていたのだった。
「お前たち! やっと来てくれたか!
装備はきっちり出来上がっているぞ!
今回は以前に余らせてもらった素材をさらに精錬し──
それに隣国から輸入した魔力豊富な宝石も散りばめた逸品だ。
きっと気に入ってもらえると思う!」
そう、長々とまくし立てながら、ダイルは三人分の装備を手渡してくる。
ひったくるように受け取ったテティスは、
一つしかないフィッティングルームへ真っ先に飛び込み──
「あ”ーーー!! しんだ、ギャル大勝利〜〜☆
マジ天才かよ? おっさん案件ガチ卍なんだが!?
これマーライオン?エグ仕上がり。
秒で惚れた、概念〜!」
などと騒ぎ立てつつゴソゴソ着替え、カーテンを跳ね開けた。
披露もそこそこに店外へ駆け出した彼女は、海底でおっさんから渡された携帯で写メを撮りまくる。
ひとしきり満足したのか、ダイルの前へ戻ってくると、
バケツに満タン詰め込んだ SR 宝石をカウンターへズシンと置いた。
「URはパーパ指輪でロック案件〜。
SRはフルコンプで持ってきたからドサッとどうぞ☆
いらんやつはおっさん回しで。以上、太客ムーブ完了〜!」
トゥエラやパステルと違い、目当ての宝石が出るまで相当数の貝を回した彼女は──
そのうえ、おっさんと転移でこの街へ戻ってきてしまったため、関税も通していないその輝く石は、
正規の輸入品とは一線を画す代物だった。
それを見た店主は、バブルボブルのように泡を吹き、その場にどさりと倒れ込むのであった。
装備の全貌が見たい方は、みてみんにアップしていますのでどうぞ。




