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第四十三話

そして夕刻──

採掘漁を終えたおっさん達は、リリの待つホテルへと帰還した。


リリが気を利かせ、砂風呂に加えてオイルマッサージまで予約してくれていたため、

おっさんはまるで石油王になったかのような気分で、ゆったりと寛ぐことができた。


もちろんテティスの魔法のお陰で、一滴の水にも濡れることなく海底探索をこなし、

呼吸も普段通りだった。

だが水圧だけは誤魔化せず、一日中その中を動き回っていたため、

全身がどうしようもなくかったるいのである。


それすらも、テティスに頼めば回復魔法で一瞬にして全快して貰う事も出来る。

だが──疲れているからこそマッサージは気持ちいい。

健康体で施術を受けても、面白みなんてないのだ。


ヌルヌルと、優しい女性の手で全身をほぐされ、

おっさんはすっきりとリフレッシュ。

石油王気分から一転、今度は仙人のような顔で、皆を連れてホビット族の街へ帰還した。


泊まっても良かったのだが──メシがアレなのでやめておいた。


その帰り際、セーブル達から電話が入る。

「シェリーの親の了解は得られた。ただ、少々ややこしい事態に巻き込まれていて、合流は数日後になる」

そんな報告だった。


カレーと考えるとどうしてもカレーの気分になってしまうのだが、

一からスパイスを精査し研究していたのでは、完成まで何日かかるか分かったものではない。


そんな事を考えつつ、お酒を取りに地下室へ降りてみると──


「マスター、カレー、クエ」


おっさんのシャトルシェフに、出来たてカレーが満タンで待っていた。

ビートル君の差し入れである。


あまりに予想外の嬉しさに、思わず握手を求めてしまったが……

実際やってみると、手のひらをカサカサと、大量の虫が這っているような感触で、正直ちょっと微妙だった。


それでも礼を言い、ついでに今日捕まえた大量のゴブリンをフレコンごと預けておく。

「メシでも研究でも好きに使ってくんちぇ」と言い残し、一階へ戻った。


異奇雰変更魔法(デスクトップテーマ)パネルを弄って、部屋の中をキャンプ場に変える。

夜空には満点の星と、紅い月(おっさんの部屋)が怪しく輝く。


るんるん気分で白米を用意し、鍋の中を覗いてみれば──

そこには夏野菜がゴロゴロ入った、香り豊かなスープカレーが入っていたのである。


作戦を変更し、白米は仕舞い込み──黄金色に輝くサフランライスを盛り付ける。


ルーとライスは、もちろん別々の器に。

香り立つカレーと鮮やかなライスを手に、家族の待つテーブルへと運んだ。


さらに食卓には、王女謹製の糠味噌も添えられる。

日に日に腕を上げてきた彼女は、最近ではセロリやミニトマトといった変わり種まで漬け込み、驚くほど良い味を出すようになっていた。


盛り付けている時から思っていたが──薫りがヤバすぎる。

北海道のスープカレー専門店でさえも、こんな匂いは漂ってこない。


複雑に絡み合うスパイスのオーケストラが、まだ一口も食べていないのに「美味すぎる」と確信させてくるのだ。


家族もみな目を閉じ、器に向かって黙祷を捧げている。


「冷めないうちに、早く食うべか」

おっさんの声に合図され、ようやく食事が始まった。


大きめのスプーンでライスを少なめに掬い、そこへカレーをたっぷりと汲む。

舌の上に運んだ瞬間──


……カレー?


確かにカレーではあるのだろう。だが、これはまったく別物だった。

辛さはそこそこ。しかし、出汁とスパイスの不思議な辛み、そして圧倒的な旨味が幾重にも絡み合い、舌を支配していく。


挿絵(By みてみん)


「ヤッバ……これヤッバいっしょ……蛇口から出て欲しいレベル?」


──いや、いくらなんでも飽きるぞ?それに野菜で配管が詰まるわ。


「ん〜〜♪んん〜〜♪んっんっん〜♪」

トゥエラは口いっぱいに詰め込みながら、ご機嫌で歌を口ずさんでいる。


「あぁ……本当に美味しいです……野菜の芯まで、味が染み込んでます……」

リリはメガネを真っ白に曇らせながら、至福の表情。どう考えてもおっさんの料理より格段に美味い。

だが、おっさんの作った料理でない限り、爆衣は発動しないらしい。


「はふっ……はふっ……とっても熱くて……美味しいですわ……。いつまでも、冷めてくれませんの……」

王女は上品ぶりながらも頬を赤らめ、ふうふうと息を吐いていた。


そう言われて気がついた。


おっさんは米をほんのひと口、カレーもお椀一杯ほどにして、冷えた焼酎をチビチビやりながら、ツマミのように啜っていた。


……だというのに、いつまで経ってもスプーンに乗せたルーが冷めないのだ。

最初はスパイスが効いて辛さが舌に残るせいかと思ったが──

どう考えてもおかしい。


「フーフー」しても、全然冷めないのである。


かといって、飲み込んだカレーが腹の中で煮えたぎっている訳ではない。


摩訶不思議な状況に首をひねっていると、カサカサと一匹のビートル君がテーブルに登ってきた。


「マスターノ、スパイス、キセキオキタ。

エタニティー。サメナイ、クサラナイ」


そしてさらに、白く濁ったライスペーパーのようなものを、人型ビートル君が両手で運んできた。


「シンカイゴブリン、ミズカキ(水掻き)。コレデクルム。

ボースイ(防水)ボーセン(防染)ボーシュウ(防臭)。シカモクエル」


──今夜、この場で──

永遠に冷めず、腐ることのない、

「スープカレーブリトー」が、この世に産声をあげたのだった。




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