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第三十三話

おめ(貴女)たち~明日は船さ行くぞ~」


セーブルとの電話を終えて、みんなに伝えると、彼女たちは大いに盛り上がった。

暑いのか?寒いのか?服は何がいいか、名物は何だなど……

おっさんもさっぱりわからないので、リリ先生に聞いてみると──


「友好貿易国のカリファールですね。

正式名称は、クルリコープ・マッパーナコーラ・アイーンヤッタナセーシン・アヒンタラークッタラー・マモハーディック・ボッチ・ヨッパラッテ・ネーチャタラーべリーサム・ウドンラーメャニヴェートオバーサーン・カモーンピマーソ・オワターンサティート・ザッカタップィヤヴィサモハンキンポット…というそうです」


──気温は平均的に30℃を越えて、紫外線も強いようですね。


突然復活の呪文のような国名を聞かされ、一文字も頭に入ってこずに、暑いということだけがわかった。


「ただ、例の人族以外を弾くという魔素がありまして、それが島を囲う空調の役割をしているそうでして、紫外線もほぼカット、

雨は純水に濾過され、台風も散らされるそうです」


随分と住みやすそうな環境である。

エアコンと浄水器が空に備わっていて日焼けによるシミの心配もないとは…


「ですが……これといった産業が、宝石採集と加工くらいしかなく、食材はほぼ輸入に頼っているそうです。

近年は荒地化、砂漠化も深刻で…雨も少ないようですね」


「アラブみたいなイメージけ」


石油があるのかは知らんが、裕福な国なのに作物が育たない土地。

宝石っていう一大産業にもし何かがあったら、破綻しそうな国である。


「明日中には着くそうなんだが、土地が買えるならば買って、あの古民家を据えておけば秒で行き来できるようになっぺなぁ」


海と空しかない船旅はもうコリゴリである。

パスポートのような仕組みは無いのだろうか?

だが、全てを聞いてしまっては旅の楽しみも減ってしまうので、現地で考えることにしよう。


そしてゆっくりと眠った次の日、

おっさん家族は船へと転移するのであるが、

足元にはちゃっかりと二匹の猫もスタンバイをしていた。


挿絵(By みてみん)


最近、恐らく10キロを超えたであろうデブ猫、ワリ太郎と、相変わらず小さい白猫のみーちゃん。


なぜか二匹は石油王とベリーダンサーみたいな衣装を身につけて、やる気満々で待っていた。


娘達とパステル、リリはまだ普通のオシャレファッションで、現地を見てから考えるそうだ。

アラブっぽいとはイメージしたが……この猫達の固定観念は何なのだろうか?


行ってみて、全然違う雰囲気だったならば、おっさんは吹き出してしまいそうだ。

皆に渡す指輪の、作りかけの材料は腰袋に入れたし、ブーカが作ったものに関しては、好きに売ったりして構わないと言ってある。


義体作りもひと段落している彼は、アクセサリー作りを経て、更なる技術を身につけ、健常者よりもカッコいい義手と義足の造形を目指すそうだ。

しかも、性能が健康な肢体よりも優れているとくると──

わざと手を切り落とすような猛者が出てこないか、心配な所ではある。


皆で手を繋いで、船の上に建つ古民家へとワープ。


一瞬で景色が塗り変わり、海の塩臭さと、ベタッとした風が体に纏わりつく。


「セー君、シェリー、お久しぶりですわね」


庭先で出迎えてくれた二人に、パステルが優雅なカテーテル(カーテシー)で挨拶をした。


「セー兄、シェリー姉おっはー!」


テティスは何故か、肩に赤いラジカセを担いでいる。

おっさんがかなり昔に現場で使っていたもので、レトロ感が漂う古臭い物なのだが──

それに合わせたようなファッションのテティスが、90年代J-Popを鳴らしていると、

これが最新なのか……とも思えなくもない。


挿絵(By みてみん)


まぁファッションというものは一周するとか聞いたことがあるし、そういう物なのだろう。


トゥエラは着いた途端、甲板を走り回り、マストの天辺まで登って行ってしまった。

見張り台の船員さんがギョッとしているが……

──放っておいても構わないだろう。


「お二人とも、長旅ご苦労様です。退屈はしませんでしたか?」


リリが、家で淹れてきたアイスコーヒーを二人に渡して労っている。

こんなに日差しの強い海上でも、彼女はフォーマルスーツ姿を崩さない。

そして、額には一滴の汗も、浮いていない。

美人には何か特殊なパッシブスキルが備わっているのだろうか?


みんなを家で寛がせて、おっさんは一人、美人船長の元へと挨拶に向かう。


相変わらず、見えている片目に眼帯をして、

海賊風帽子にポパイみたいなパイプをくわえ、

手摺りに足をかけて海を睨んでいた。


──こういう風にしてないと、船長としての気分が保てないのだろうか?


まぁ、むさ苦しい男の船員がほとんどで、そんな中にリリと変わらないくらいの年頃の女性が一人なのだ。

話題も合わないかも知れないし、なにより航海期間が長すぎる。


正気を保つのも大変なのであろう。


可哀想なので、腰袋の冷凍庫から果物たっぷりのジェラートを出してやり、世話になったお礼を言えば──


「あたいは──何番目だっていいんだよ!

……迎えに来て……くれるんだろう?」


などと言い始めた。


一緒に釣りをして、酒を飲んだくらいしか交流がないので、さほどこの船長の人柄をわかっていないのだが……

幸せになってくれればいいな、と思い、輸送代金として大きめの金塊を押し付けておいた。


「船降りて、良い人探したらよかっぺ?」


そういって家族の元へ戻るのであった。


➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖


ハイテク古民家の中には、日本で建てた時の施主の希望で、小さなアトリエが一つ備えられていた。


その建主は、若くして莫大な財産を手にした人物で、都会の生活を早々にドロップアウト。

絵を描いたり、小説を考えたり、サーフィンをしたり──気の向くままに暮らしていたらしい。


仮想通貨とやらが何なのかは、いまだに1bitも理解していないおっさん。


ふと、二十代の頃に夢中になっていたネットゲームを思い出す。

そのゲーム内では「アデナ」と呼ばれる通貨が使われていて、一時期は現金で不正にゲーム内通貨を売買できるサイトも横行していた。


初心者だったはずの知り合いが、ある日いきなりギラギラ装備で現れたこともあったことを思い出す。


──「ああいうのの取引のことなんだっぺか?」


と、まったく見当違いな想像をしているおっさんであった。


しかし、この建物はおっさんが完成させた当時のままの状態なので、

あのお施主様の生活の匂いは一切感じることはできない。


アトリエには、おっさんが作った机と椅子があるだけで、正面の大きな出窓からは水平線しか見えない。


まだ午前中ということもあり、船長曰く、島を発見してから数時間で到着するという話なので、

作りかけの指輪に彫刻刀を入れてゆくことにした。


もう、気絶するような酒を呑まなくとも、普通に金属に刃物が入るようになったおっさんは、

少々度の強い老眼鏡をかけて、1㍉の100分の1程度の精密さで花弁(はなびら)や猫の装飾を削ってゆく。


(かたわら)には冷えたジョッキに注いだ焼酎を。


金属用ルーターは、ブーカにあげてしまったので、完全な手作業である。

だが逆に埃が舞ったりすることもなく──部屋には、


カリッ……カリッ……


という小さな擦過音(かかおん)だけが響いていた。


➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖


『島が──見えたぞー!!』


高いマストの天辺、見張り台から大きな声が響いた。


「しーーまがーーみーえーたーよーー!!」


……トゥエラであろう。


ざわざわと船員たちが動き出す気配。


昼食には、固めに茹でてキリッと冷やしたそうめんに、昨日の余りの天ぷらを添えた。


しょっぱめのツユとアスパラの天ぷらは抜群の相性で、大根おろしを加えればさらに爽やか。

海老天はツユに浸けず、藻塩で頂く。


ツルツルと、いくらでも食える気がするそうめんに

皆の箸が止まることはなかった。


遠洋航海の船上とは思えぬ、優雅なひとときであった。


レトロに見える炊事場に、隠されている食洗機に器を入れ、

保冷されている、囲炉裏に吊るされた茶釜から冷たいほうじ茶を注いで、一息をいれる。


古民家を片付けるのは一瞬なので、もうしばらく経ってから甲板に出ようという話になった。


「どんな国なんだっぺかな?

シェリーは故郷なんだっけか?」


初見の時の、妖艶な酒場の女主人は──

今や何処にも居なくなってしまった。


部活の憧れの先輩を慕う後輩女子。


そのような小動物みたいな動きと態度でセーブルにデレまくっているシェリーに話題を飛ばすと、


「そうですね……女性の活躍できる仕事が海女(あま)くらいしか無いもので、若いうちに島を出て王国に渡ってしまったものですから──」


そこから先の人生は、人には語れないような暗く、残虐で暗澹(あんたん)としたものであったため、故郷を思い出す機会も殆どなかったそうだが──


「それでも、香辛料だけは優れているのですよ」


聞けば、海の中に棲むゴブリンがいるらしく──

ゴブリンと聞いただけで、おっさんの目の色が変わったのだが……


辛かったり、香りが独特だったりと、様々なスパイスが獲れる半魚人みたいな魔物だったそうだ。


だが、食材の殆どが輸入品のため、日持ちするような塩漬けや、カッチカチに乾燥させた肉などばかりで、スパイスを使う次元ですらなかったという話だ。


帆を畳み始める気配が伝わり、全員で家を出る。


シュルリ、と大きな古民家を腰袋に仕舞い、船首の方へと歩き出した。


視界の先に広がるのは、赤茶けた大地。まだ距離はあるが、やはり緑はほとんど見えない。

──仮にそこにピラミッドがそびえていたとしても、不思議ではないような風景だ。


そして、魔力を一切感じ取れないはずのおっさんの目にすら映る、巨大なドーム状の何か。


娘たちとパステルは既に指輪を装備しているらしく、その結界のような空間に足を踏み入れても、不調を訴える様子はなかった。


果てしなく長かった船旅も───


おっさんは半月しか居なかったが。


(ようや)く終わりを迎えたのだった。

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