第三十話
「それでは、三件目の依頼に向かいましょうか」
巨大渓谷アスレチックを完成させた、
『愉快な娘達』と、その保護者リリは車に乗り込んで発進する。
「リー姐~、つぎ2件目じゃねーの?橋しか出来てないっしょ?」
新たなカセットテープをデッキに差し込みながら、テティスがリリに聞いた。
パステルは口を✖︎にして押し黙り、トゥエラはおっさんに朝持たされたランチボックスのおにぎりに夢中だ。
「二件目は終わりましたよ?」
と一枚の紙を差し出すリリ。
そこに書かれていた依頼は、
【王都から渓谷地までのルートと距離計算】
そして、書類魔法によって創られた3Dマップと細かな縮尺距離。
総距離もさることながら、ランドマークになりそうな、大岩、巨木、湖、などそれぞれの区間距離までもが記されていた。
──450㌖──
それが王都から渓谷までの道のりであった。
リリの創り上げたマップは、畳めば他の書類と同じくピッタリと収まる紙なのに──
一度広げると、不思議なことにジオラマのような凹凸が浮かび上がり、山や谷の高低差まで正確にわかる立体地図へと変わった。
「三件目は……過去の遺恨調査ですね」
リリの声色が、ほんの僅かに硬くなる。
それは十年以上前、王都を揺るがせた特殊な魔物の発生地点に関する依頼だった。
最硬の盾、ドン・ブーカが所属していた冒険者チーム──
『ショアブレイク』が壊滅した、忌まわしい事件。
後に「アースオーガ」と名付けられたその魔物は、巨人族のブーカよりもなお一回り大きい、緑色の鬼のような姿をしていた。
当時は高ランク冒険者たちが緊急招集され、数の力でどうにか駆逐することに成功したが──
その戦いは、記録にも語り草にも残るほど苛烈であった。
「──14年…経ちましたか」
メガネを少し曇らせ、ミニクーパーを爆走させながらも過去に向き合うリリ。
結果だけを見れば、現在のブーカは幸せそうに義体職人として輝いている。
だがあの時、もう少し早く書類魔法が顕現していたならば──
彼は両足を失うこともなく、今頃は世界最硬の盾になっていたのかもしれない。
王都から見て、西の山間。
行きとは若干ルートを変えたため、間も無くその場所に辿り着く。
「皆さん、気を引き締めて下さい。
──魔物が出ます」
陽当たりのいい少し窪んだ土の大地。
どういう訳か、その辺り一帯には草も木も生えていない。
まるで管理された畑のような、綺麗な黒土の大地が広がっていた。
「あー!あっちのほうにー、なんかいるねー!」
女子高校生スタイルのトゥエラが、遠くの大地を指差す。
「っつーか?全体的にいるっしょ?ゾンビとか?マジ勘弁なんですケド……」
お化け嫌いなテティスは及び腰。
それでも、半透明な幽霊よりはマシらしく、
見えたら全部燃やすし?と息巻いている。
「こんりゃ~ええ土だやな~!ぅぅ…私は……田舎のマリリンモンローなのでありんすよ!」
もう、口調どうこうではなく──
思考が田舎娘に引っ張られてしまったパステルは、会話すら成り立たなくなっていた。
ずぞ……ずぞぞ……ずずずずずず………
畑のような黒土がモコモコと盛り上がり、あちこちで、ズボッと太い腕が土から突き出される。
──いや、その腕はよく見ると、肘から先にうっすら薄皮がつき、まるで新芽の皮が剥けるようにぱりぱりと割れていた。
地中から伸びてくるそれらの背中や肩には、小さな穂先のような突起が何本もぴょこんと顔を出している。
アスパラに似たその芽が、日光を浴びるようにわずかに揺れたかと思うと……
「テティス!焼却はなりませんよ!討伐はしますが、生態調査です!」
戦闘能力のないリリを、トゥティパの三人が囲み、大地から湧いてくる緑色の鬼たちに備える。
その肌の緑は野菜のように瑞々しく、匂いもどこか青臭い。
「僕たちの青春はまだ、始まったばかりだよ!
トゥニックブーーーーム!!!」
トゥエラは何やら最終回みたいなセリフと共に、
無数の斬撃を手から放った。
スパパパパパパーーーン!!!
緑色の腕がそこらじゅうに散らばり、それでも痛みを感じないのか、切られた場所を地につき無理やり土から這い出ようとしている。
「キモ!…燃やせないなら飛ばすから!?」
テティスの魔素が広大な黒土を一斉に隆起させる。
「重力反転魔法!!!」
スポポポポポポポポーーーーーン!!!
「もう…嫌なのですわ……元に戻して下さいませ……」
ロケット花火のように天高く打ち上がる緑色の巨体を、ブツブツとノイローゼ気味になったパステルが見上げ──
首飾りをヒュンヒュンと振り回す。
どんどんと長さと太さを増す黄金色の鎖が、渦を巻いてゆき────
「小っ恥ずかしいから見ないでけろ~~~!!」
黒土ごと巻き上げた巨大な竜巻が、天高く打ち上げられたオーガたちを一気に飲み込み──
ボトボトボトボト!!
細切れにされ、無惨に地へと落ちていった。
「皆様お疲れ様です。早速調査してしまいますね──」
これ以上湧き出る魔物はいないようで、安全の為トゥティパに護衛されながら落ちた腕を調べるリリ。
「これは──」
斬られた断面からは血は出ておらず、瑞々しくも青臭い匂いが辺りに立ち込めていた。
「テティス、小さな火を起こして貰えますか?」
廃棄用書類束をドサリと地面に置き、それが燃え上がる。
車から取り出したトングで掴み、全体をムラ無く焼いてゆき──醤油を垂らせば……
「え?マジ?めっちゃ美味そうじゃね!?」
「トゥエラ、ハチミツマヨネーズつっけたーい!」
「新鮮で…んま…美味しそうですわね~」
食べやすい大きさに切り、皆で試食をすれば、
シャクリ!と香ばしく苦味も少ない最高級のアスパラガスであった。
「なるほど──アースオーガ──つまり……
オーガニックアスパラガスということですね」
「これ!パーパに料理して貰ったら神コーリングっしょ!?」
神はコールセンターには居ないのだが、
「おいち~ね~!お肉巻き巻きしてーみったらっしーつけて食べたーい!」
パステルは口を✖︎にしたまま器用にうさぎの如く食べている。
「これで依頼終わりっしょ~?なんかさーパーちん可哀想だし?妖精女王んとこいかね?
どこに居るか知らんけど?」
四人は車に乗り、王都方面へ──
「最後に少しだけ、元凶を刈り取って帰りましょう」
陽当たりの良かった畑から、山間に車を進めると、徐々に影が大きくなり──切りたった山肌の麓、薄暗く狭い行き止まりに辿り着いた。
「トゥエラ、あの奥に居るようなので倒して持って来てくれますか?一匹だけのようです」
車を降りてトコトコと歩き、一部分だけが黒土の不自然な盛り土があった。
「みっけたー!先っちょ出てるねー!
うんとこしょ~!どっこいしょ~!」
ヌプヌプと、女子高校生の手によって引き抜かれたのは──
「オーガニックホワイトアスパラガス。
アースオーガ達の生みの親──元凶ですね」
5メートル程もあったソレを半分に切り落とし、フレコンに詰めれば仕事は終わった。
今後新設される街道において、オーガの被害者が出ることは、もう無いであろう。
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妖精女王と近衛騎士団総隊長の去った屋上で、メダルを拾ったおっさんは、ブーカの元へ戻る。
「あんた……すげえ御人なんだな、あの血と魔導のオレーツエ様にあんな態度で話せるなんてよ……」
ブーカ曰く、彼が睨めば草花は生きる事を諦めて枯れる。
彼が吼えれば、太陽も雨雲に隠れる。だそうだ。
「そんなことよりホレ、使ってみっせ」
ポイとメダルを投げるおっさんと、受け取るブーカ。
──蓮の花の様な演出は誰も得をしないので──
妖精の理によってスルスルとその身を縮める、渋いイケメン巨人は……
思いの外、どんどんと縮み──
『nannda koryaa!?dannnaga kyojinnni nattimatta!?』
「いや……縮み過ぎだっぺした…」
小さめの大仏程もあった男は、今やおっさんの腰下、トゥエラでも見下ろせる、幼稚園児サイズになってしまったのだった──




