第二十話
大きかったスケルトンは、粉々になって床に散らばっていた。
【──こんな──バカな……】
いくつかだけ残った、形のある骨が──カタカタと動いて集まろうとしている。
【我は…礎であるぞ…あの羽虫共を駆逐し──】
歯や、細い指の骨が合わさり形づいた王は、
不恰好な棒人間の様な出来栄えであった。
【あの罠さえなければ──我は──】
途切れとぎれと恨みを語る、骨の残骸がなにやら過去を語り出した。
数百年前、この王都がまだ川沿いの小さな農村であった頃──
水辺に広がった大きな森には、人間の他にたくさんの小さな妖精が暮らしていたそうだ。
だが、村を町へ、都市へと発展させる上で、その人外達は邪魔であった。
何故なら、無邪気で悪意のない──悪戯好きな妖精は、狩りにやってきた人間を迷子にさせたり、
村で飼われた家畜を脅かして野に放ったりした。
【全て──焼き払って……やった──】
森を焼かれ、棲家を追われた妖精達は、散り散りになってあちこちに隠れ住んだ。
井戸の底、民家の屋根裏、馬小屋の藁の中。
豊富な魔素のあった森から出た妖精達は、実体を維持できなくなり、小さな光の粒となる。
──やがて、人々の記憶からは妖精の存在は薄れてゆき、10年に及ぶ建設期間をかけて、森の跡地に王城が完成した。
【あの……羽虫共が──まさか──】
王城の地下には、山脈から流れ出る湧き水に、地脈から汲み上げた魔力を込めて、人も作物も健やかにする魔導装置が設置された。
その頃には、弱り切って人格を失いつつあった妖精達は、その装置に一斉に群がった。
バレないように魔力を盗み飲み、
二度と──人に駆逐されまいと、
その身を合わせ混ざり合う。
妖精女王と成ったその存在は、ダンジョンを作り、地底より人間の国を堕とそうと、魔素を奪い始める。
作物は枯れ、人々は痩せこけ、大地は干上がり始める。
その時の王、ツンダーセリオンは、妖精を討伐するためにダンジョンへと乗り込んだ。
【あの──あの……石碑さえ──】
ゲーム世界を踏破し、妖精城を登り詰め──遂に女王の部屋の前へ。
『ここまでの冒険をセーブしますか?』
▶︎はい
いいえ
最終決戦に備え、セーブしたツンダーは──
──詰んでいた──
【羽虫がぁぁぁぁ────】
妖精女王の力は凄まじく、人間の王の勝てる相手では無かった。
しかし、やり直しが効く──
──次こそは殺してやる。
だが、王の蘇った場所は、石碑の前であった。
入ってきたはずの背後の扉も消え去り、帰ることも出来ない。
それから──永劫の時間をかけて、殺され続けたツンダーは……
いつに間にか女王の気が晴れ、何処かへと居なくなった後も、自分が骨の化け物となった後も、
何かと戦い、殺され続けた。
妖精達と同じように人格を失い、地上の生きる者を怨むだけの存在となった。
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「それでは──貴方は私の祖先ではありませんわね?」
カタカタと、気味悪く喋るガイコツの話を聞き終えたパステルは、自分と同じ苗字を持つ哀れな姿の初代国王に問いかける。
「こーんなキモいやつが?ありえないっしょw
パーちんのオリジンなワケねーし?」
テティスは既に興味も失せたのか、指先にビー玉くらいの火球を灯し、それを禍々しく圧縮している。
どうやら、この城ごと塵に変えるつもりらしい。
おっさんは、
「やっぱラスダンセーブ詰みかよ…昔あったわー」
とか呟いて椅子に座って酒を飲んでいる。
それにしても、さっきの技は凄かったなぁ…
何も見えなかったけど……。
とか思っていた。
「パールぅ~これねー落っこちてたんだよ~あげる~」
トゥエラが、両手で持ちきれない程の王冠や首飾りをガチャガチャと、パステルの前に並べ始めた。
【いぃ…忌々しいぃぃ──弟の……子孫……】
やがてツンダーの骨は風が吹き散り消えていった。
最後まで喋っていた骸も、怨嗟を宿した眼窩から光が消え、静かに風へ溶けていった。
そして──ガイコツが座っていた玉座に、光が降り注ぐ。
『よくぞ、その亡霊を消してくれた。礼を言う』
椅子は、先程までの悪趣味な金銀で飾り立てていた物から、美しく透き通るような枝と葉で編まれた玉座へと姿を変えた。
そこに座るのは、どこか──王女パステリアーナに面影の似た、美しい女性だった。
『妾の子孫よ──聞くがよい──』
現れた女性は、妖精女王と名乗った。
その昔、住処を奪われ、人間に復讐しようとこの城を建てたが──
地上を観察しながら、ツンダーを玩び、
怒りを発散しているうちに──
帰ってこない国王に代わって国を納め始めた、ツンダーの弟。
『リスタ=セリオン』
現在の王城の、古文書に残る──初代国王の名前だ。
女王はリスタに恋をした。
人間を許し、愛を育み──
ハーフフェアリーとして子孫を残した。
そして、争いを起こさず、災害からも国を守り、
十五代という、気の遠くなるような長い時間をずっと、陰から子孫達を見守っていたのだった。
しかし、妖精城に怨念のようにこびりついたツンダーを抹消することが出来ずに──
まぁ自分が仕掛けたセーブの罠のせいなのだが……
いつの日か、子孫の手で浄化してくれることを願っていたのだとか。
「貴女が、私の始祖なのですね──
隣国に渡れない理由がわかりましたわ」
自分の中に、半分流れる妖精の血。
人族しか暮らせない、島国に入れなかった謎が、
数百年の時を経て明らかになった。
『あぁ、不便であったじゃろう?コレをやろう。』
ポイと投げられた三つのリング。
なんの装飾もない、細いガラスの指輪だった。
『それを着けている間はのう、妖精の──
もとい異種族の気配を隠蔽できるのじゃ。
そこなドワーフとダークエルフにもくれてやれ」
──妾は何時迄もこの国を観ているぞ──
そういって光と共に消え去った女王。
「んだば、かえっけ?」
冒険を終えた四人は、テティスの魔法によって地上へと帰還する──その直前に、彼女が落とした小さな火球により、
ツンダー城は滅却されたのだった。




