第二十三話 一緒に行かないのけ?
その後、三毛猫ドラゴンとは和解した。
お肉も沢山頂いた。
おっさんが体内で暴れたくらいでは、
感覚すら無いらしく、
ロース、ヒレ、ホルモンなどなど…
食い切れないほどのドラゴンミートを入手した。
アイツは寒がりで、人間の感覚では数百年も前から噴火口で寝ていただけだそうだ。
そしてさっき、カリカリもチュールも食ったので、
また少し寝るそうだ。
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人族などには興味も無いのだが、感覚が鋭い為、
聴こえてしまい、
海の方や平原の方には沢山住んでいるっぽいそうだ。
おっさんはまた、
途轍もない火山を登ったり降りたりするのは嫌気がさして、
ミケに手伝ってもらい、
火口の奥底から地上に出れる穴を掘り、
勝手口を取り付けた。
これでいつでも、
新鮮な竜肉が貰えるようになったわけだ。
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三毛猫ドラゴンに、
海の方角を教えてもらい、
おっさんたちはまた旅に出ることになった。
いろいろあったが、
まぁ仲良くなった“お礼”ってことで、
樹海で偶然切り倒していた、
またたびっぽい大木をくれてやった。
ハート型の白い花が咲いてたし、
たぶんそう遠くない種類だろう。
【コレ……良イ匂イニャ〜】
ミケは目を細め、
嬉しそうに尻尾をピンと立て、涎を垂らしていた。
さて、と腰袋を整え、
おっさんはドアをガチャリと開ける。
その眼前に、待っていたのは──
完全に憤慨した猛獣だった。
みーちゃん、だ。
無表情な顔で、
背中の毛だけ逆立て、
尻尾をバッサバッサ揺らしながら、
こっちを睨みつけている。
「みーちゃん、またせっちったべ」
おっさんは素直に謝り、
さっきまでドラゴンの体内で確保した血合い肉に、
ちょいと拝借した魔石をとろりとかけて差し出す。
スンスン、と匂いを嗅いだその瞬間――
全身の毛を逆立てて、ウニャウニャ吠えながら食い始めた。
「……やれやれ、こっちの方がよっぽど猫らしいな」
おっさんは肩をすくめ、
その後ろでトゥエラがケラケラと笑っていた。
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機嫌の直ったみーちゃんに乗せてもらい、
順調に山岳地帯も進む。
おっさんは別に、のんびり歩いて旅してもいいのだが、
こういった足場の悪い場所をおっさんが歩くと…
歩法が、一般人とは全く異なるのだ。
絶対に転けない、
絶対に滑らない、
絶対に落ちない。
どうゆうことかというと、
新品の頑丈な安全靴が、
一週間程度で穴だらけになる。
そうゆう歩き方なのだ。
なので今は楽だ。
酒を呑み呑み、娘の背もたれをしていれば良いのだ。
足場の悪い山岳地帯はそれから暫く続いたが、
ようやく次のエリアも見えて来たようだ。
シトシトと…
小雨が降り、視界の悪い霧が立ちこめる。
足元には、雑草がチラホラと顔を覗かせていた。
山道ではほとんど見かけなかった草だ。
どこか水気を含んだ、柔らかそうな葉。
湿気を吸って、ぺたんと寝そべるその姿に、
ここが樹海でも山脈でもないことを感じさせる。
辺りには、ぽつりぽつりと沼地も広がっていた。
「湿地平原」
おっさんは心の中で、そんな名前を付ける。
ジメジメとした空気。
泥の匂い。
それでも、どこか“生き物の気配”が濃い場所だ。
そんな中――
ドラゴン肉とチュールで超栄養補給を済ませたみーちゃんは、
どうやら生物として一段階、進化してしまったらしい。
おっさんが一歩踏み込めば、
ズブリ、と腰まで沈みかねない沼地を。
みーちゃんは、
うっすらと青白く発光する十本の脚で、
まるで“本当の猫”のように、
深さ一センチにも満たない足跡を、
一列だけ――
ひとすじに並べて、軽やかに渡っていく。
「器用なもんだな…」
おっさんは肩をすくめ、
猫背の上に拵えた、リクライニングシートから、
のんびりと周囲を眺めていた。
湿原を抜けた草原は、
どこまでも青々と広がり、
霧が晴れるにつれて、
その色はどんどん濃くなっていく。
よくわからない花も咲いている。
白や黄色、時折目を引く真紅。
風に揺られて、まるで波打つようだった。
生き物の気配も、確かに増えてきた。
沼地には、何かが泳いでいる。
空には鳥が舞い、
草むらを野兎が跳ね回る。
だが――
巨大ジャガー、みーちゃんの圧倒的な存在感が、
すべてを黙らせていた。
視界に入った瞬間、
獣も鳥も虫すらも、スッと身を隠す。
「……完全に食物連鎖の頂点だな、お前は」
おっさんは苦笑し、
自分もまた、その背に乗せてもらっている事実に
ちょっとだけ感謝した。
そうして進む道すがら、
ふと気づけば、出会う生き物のサイズが
目に見えて小さくなってきている。
野兎。
野ネズミ。
小鳥。
これまで、おっさんが見てきた
化け物とは、
明らかにスケールが違っていた。
この辺りまで来ると、
ファンタジー辞典に載っていそうな
怪物じみた連中の姿は見当たらない。
ああ、そうか。
思えば、ここまでの旅で
幾度も夜営を重ね、
随分と距離を稼いできた。
背後に広がる魔境は、
もう遥か遠くに去ったのだろう。
「……まぁ、平和なのは結構だ」
おっさんは煙草をくわえ直し、
穏やかに波打つ草原を
静かに見渡した。
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そんなある日。
みーちゃんが、ピタリと歩みを止めた。
身体を低く降ろし、
まるで「降りろ」と言わんばかりの仕草をする。
「ガウ」
低く唸るジャガーの視線の先には――
踏み固められた土の道が続いていた。
草が禿げ、ところどころに蹄のような跡。
細い車輪の轍も残っている。
おっさんはヒョイと飛び降り、
その道を確かめる。
「街道け……」
獣道のそれとは違う。
明らかに人の手が入った“道”だ。
ひとしきり観察を終え、
みーちゃんの元へ戻るが――
その様子が、どうにもおかしい。
「一緒に行かないのけ?」
そう尋ねると、
みーちゃんは首を横に振り、
おっさんたちに背を向けた。
「……そっか」
人の里には行きたくないのか。
そう思った矢先、
トゥエラがぽつりと口を開く。
「みーちゃんねー、まりょくないとこいけないんだってー」
どうやら、
魔獣であるみーちゃんは、
この先の“魔力の薄い土地”では生きられないらしい。
「ここまで、ありがとうな」
おっさんは塊肉を差し出す。
みーちゃんは、それをガブリと咥え、
いつもと変わらぬ動作で首を振る。
「ニャー」
一声、別れを告げるように鳴いて、
草原の奥へと歩き出す。
その背中を、
トゥエラはじっと見送っていた。
「……みーちゃん、行っちゃったね」
おっさんは煙草に火をつけ、
肩をすくめる。
「アイツはアイツの世界に戻っただけさ」
「人間の世界は、あの化け猫には窮屈なんだろうよ」
ゆっくりと遠ざかるみーちゃんの影が、
やがて草むらの奥に溶けていった。
あとに残ったのは、
踏みしめられたキャットウォークの跡だけ。
けれどそれは、
たしかに、ここまで共に歩いてきた証だった。
おっさんは腰袋を軽く叩き、
ふたたび前を向く。
「さて――」
「今度は、人間の世界だ」
新たな道の、その先へ。
おっさんたちは、静かに歩き出した。
第一章 完




