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第五話

『何故だ……?剣も矢も効かぬ亡霊どもが墜とされるとは……さては神聖魔法か……忌々しい…』


魔素のマの字も(もち)いない魔抜けなおっさんに対し、

アンデッドとなった元王子は苛立ちを見せる。


「さっすが、セーブルの見込んだ閣下だねぇ〜

……私はお化けとか怖いから無理よ〜」


婚約者の背中にピットリと張り付いたシェリーが、顔だけをチラッと出して応援してくる。


「こ…公爵様だって?……それにあの亡霊みたいな

男は……元王子様…?

アタイは一体、なんて争いに巻き込まれちまったんだい!?」


寝起きで駆けつけた為、海賊風帽子もなく、眼帯もない。

綺麗な両眼の瞳を輝かせ、頬を紅潮させる女船長。

──言ってることと態度が真逆だ。


『フン…亡霊が効かぬならば──

死霊共!起きて奴等を食らい尽くせ!』


喧しい声が響くと、向こうの甲板に無数の人影が現れた。

見るも無惨な、目玉や四肢のまともでは無いゾンビ、

肉の失せた骸の躰に、錆びた剣を構えたスケルトン。


どうやら奴らは、まぁまぁ高低差のあるこちらの甲板に飛び降りてくるつもりのようだ。


「──次は私が薙ぎ払いましょう。」


2メートル程もあるガチムチな近衛騎士が、

それよりもデカい重そうな斧槍(ハルバード)を片手で構える。


「セーブルよい、これを槍にかけとくっぺ」


おっさんが腰袋から出したのは、ペットボトルに入ったただの水。


セーブルは一瞬不思議そうな顔をしたが、何かあるのだろうと思い、槍全体に水をかける。


ボトルをおっさんに返したと思った瞬間には、

その姿は消え去り、ボトボトと落ちてきたゾンビ達を、宣言通り片手で薙ぎ払う。


『クハハ……!鉄の槍なんぞが効くか!

この脳筋め────』


と馬鹿にしようとした口が、空いたまま固まる。


振り抜いたハルバードは、眩い閃光を放ち、ゾンビ達を斬る、のではなく消滅させた。


「……これは?」


スキルを使ったわけでもない、小手調べの為の力だけの振り抜きだ。

親方は一体なにをしたのか──まぁ撲滅を終えてから訪ねよう。と、小さくため息を吐き、

甲板上の死霊を一掃させたのち、自らが影となり海賊船へと跳び移った。


おっさんは知っている。

セーブルという男は、姿が見えないほどの俊敏な動きでの戦いを──

一晩中でも継続できるヤツだ。


以前自宅の庭でやっていたからな。

あちらの亡霊達が消え去るのも時間の問題だろう。

と思い、腰袋から充電式の高圧洗浄機を取り出す。


この機械は、電源と水ホースを接続する本格的な洗浄機に比べてしまえば──

一段劣る威力と持続性しかないのだが、


だがだ、足場上からの窓掃除など、ちょっとした作業に用いるには最高に便利な道具なのである。


おっさんはソレに、先程と同じ水を注ぎ込み、

海賊船に梯子を立て掛ける。

良い事に、アンデッド王子様はセーブルの戦いに必死でこちらに構う暇はないらしい。


ヒョッコヒョッコとハシゴを登り、王子の背後まで辿り着く。


「おい、撃つぞ?」


まるっきりの不意打ちでは何となくアレ(良心が痛む)なので、一応声を掛けて相手を振り向かせる。


『な……きさ……』 ばしゅーーー。


勢いよく発射した水は、何やら黒いモヤの出ていた王子の身体を貫き、白い炎で燃え上がらせた。


『グギャァァァァァァァ!!熱い!!

熱いいいいいい!!身体がああぁぁ………』


全体的に満遍なく洗浄すると、亡霊王子はチリも残さずに消え去った。



見渡せば、オンボロ海賊船の甲板はセーブルしか居なかった。


「討伐お疲れ様です。一体なんなのですか?あの水は」


ガシャガシャとハシゴを降りて、ストゼロ(神の雫)で喉を潤していると、セーブルが尋ねてきた。


「ん?あ〜まぁ、そのな〜」


まさか、王都の下水道で汲んできた水ですとは、正直に言いづらい。


以前おっさんがあまりにも綺麗に掃除をしてしまった下水は、魔素がなんちゃらをおこして、

下聖道となってしまい、流れる汚水も浄化されて聖水になってしまう様になったのだ。


おっさん自身は、聖水を汲んだつもりなどなく、

掃除の結果をギルドに提出するための、サンプリングの水として、ペットボトルに数本保管してあったのだ。


「聖水…みたいなもんだっぺよ」


目を直視せずに、言葉を濁したつもりだったのだが、

王都でのおっさんの功績は、住民なら誰でも知るほどに広まっている。

酒場にゆけば、吟遊詩人が歌っているほど有名な話であった。


「あぁ、あそこの水ですか」


セーブルは怒るでもなくニコリと微笑んだ。

──が、やはり気になるらしく、船員から水を貰い、槍をタワシで磨き始めるのであった。


➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖


トゥティパの三人は、一通りの体の操作に順応した。

──とにかく動きづらく、何をするのにも面倒だった。

例えば、歩きながら背後にいるトゥエラに話しかけようと、

首だけを後ろに向けたいというのに、

進行方向ごと後ろを向いてしまうのだ。


「あーマジダルいし〜こんなんで魔物とか出たら戦えるワケ?」


不機嫌そうに悪態をつくテティスであるが、

その表情は微笑んだまま変わらない。


「テティスはまだいいですわ…その赤い弾が飛ばせますもの…

(わたくし)はどうすれば……

目の前にしか攻撃できませんのよ」


落ち込んでいるパステルの表情も、赤い口をパクパクさせて笑っている。


「で──?さっきから微動だにしないトゥーは

何してるワケ?」


「んー?ジュースとお菓子食べてるよーおいちいー」


トゥエラも、投げ斧は出来るようだった。

白とグレーの二色の⚪︎がまっすぐに飛んで戻ってくるだけであるが……


しかし、文句ばかり言っていても先には進めないので、なんとか生き抜くべく方法を模索し、

パステルは溜め撃ちのような技を編み出した。


黒い棒が、ピョロっと前方に出た時に、元に戻らない様に踏ん張るのだ。

すると──さらに前方へ、棒が伸びたのだった。


彼女達に説明しても解らない話ではあるのだが、

要するにこのダンジョンは、ゲーセンのロボ駆体に乗り込み、画面内のキャラをレバーなどではなく、感覚で操作する。という、絵こそレトロだが、超ハイテクなVRゲームのようなシステムなのであった。


王様がどう攻略して帰還したのかは聞きそびれたが、

これでは例え剣豪だろうが、大魔術師だろうが、

キャラの操作を理解して工夫できなければ、

一匹目のモンスターで詰むであろうことは明白だった。


目で見えている物はドットの風景と仲間だが、

意識は等身大の自分なのだ。

ポケットに手をいれれば、おっさんから奪ったタバコも入っているし、吸う事もできる。

ただ視界にはなにも反映されないだけだ。


ウォーミングアップを済ませた三人は、取り敢えず森の道を進んでみることにした。


トゥエラが適当に投げた斧が、道を通過した時

ポコっと突然、落とし穴が現れた。


「わー穴ボコ開いたねー!へんなのー!」


「森の道の真ん中に落とし穴ですか……

油断は出来ませんのね」


敵意察知魔法(全部見えてっから)!」


すると──道は穴だらけになり、木々からは大量の矢が飛び交った。


「……ここ、スタート地点っしょ?

バカなの?鬼畜なの?」


仕方がないので、テティスはソナー役となり、こまめに察知魔法を繰り返す事にした。


トゥエラは無邪気に、あっちこっちへと斧刃を投げている。──すると、


ピコンという音と共に、斧刃が通った草むらに宝箱が現れた。


「あーーーーー!!!おったっかっら〜だー!」


二人が制止する間もなく、少女は走り寄って箱を開けてしまう。


ディボボボー♪


という不吉なような、バカにされたような効果音と一緒に、モンスターが落ちてきた。


「トゥー!!こっち下がんな!!」


テティスは、現れた鬼?ともクマとも見分けがつかない青いモンスターに、火球を撃ち込んだ。

直線上にいるわけだし、当たるはず!と思った。

しかし、ソイツはスススっと斜めに移動して避けたのだった。


「なに!?マジありえないンデスけど!?

あーしら前後左右しか動けねーじゃん!?

なんでアイツ斜めに動くワケ??」


もし敵に知能があるのならば、このままでは絶対に追いつかれてしまうわけで、

とりあえず攻撃は喰らってみたくはない為、

右、下、右と必死で距離を取る。


「あーわかったー!」


突然トゥエラが敵もいない方向に斧刃を投げた。

その後素早く、左、上、左、上と移動すると……


なんと、投げた斧刃はトゥエラへと戻ってくるではないか。

そしてその軌道上にいた青いヤツは──


ズバ! ベベベーと変な音を残して消えたのだった。

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