第五十七話
酒の完成から、しばらくの間──
さほどやる事もなくゆっくりと過ごした。
流石に無職ではいかんと思い、
冒険者ギルドに提案してみた案が採用されて、
朝一と、夕方に行う運送業。
ギルドから狩りや採集をする場所までの冒険者達の送迎を請け負ってみた。
これは、おっさんの持つ小型バスに大勢の冒険者を乗せて、
海や森、山の麓に設置したプレハブ小屋など、
そこまでの希望者を転移で送り、夕方に迎えに行き、
ギルドまで届けるというボランティア活動だ。
金に関しては──
おっさんは自分の財産を全く把握してないのだが、
リリが、要りません。というので…無料で行っている。
あと王様からも携帯に連絡があり、
観光客達ののラッキーアイランドへの送迎も頼まれた。
これは週に一度くらいでよく、王城前の広場から、リゾートホテル『サンクチュアリィ』までを送迎するだけだ。
公爵という身分のおっさんがそんな事をしているわけにもいかないので、帽子とサングラスで変装して運転していたのだが……おっさんは別に公の場に出たことがないので、顔バレするような認知度は皆無であることに、
しばらくしてから気がついた。
あとは、街道の整備も本気で取り組むそうだ。
そうなったら、各地に作業員達の宿舎でも建てて、そこへの送迎も始まるのかもしれない。
要するに、おっさんは一日に一時間程度運転手をし、
あとはダラダラと酒を飲んで過ごす。
という──自堕落な生活をしていた。
ホビットの親方やギルマスなどの数少ない知人に、
完成した酒樽を配ったり、街中をプラプラと散歩したり、
たまには樹海にいって食材を獲ってきたり。
気ままに過ごしている。
家族達は何をしているのかといえば──
やはり気ままに、たまに冒険に行ったり、
家で料理に励んだり、
おっさんの横で昼寝していたりと、
彼女らもマイペースに日々を送っている。
おっさんにしてみれば、生き延びねばならない大樹海に転生してしまい、
そこからトゥエラやテティスとの出会いもあり、
あちこちを旅して、このホビットの街まで辿り着いたわけで、
気がつけば、リリやパステルやセーブル、シェリーといった個性的な、仲間であり家族といえる大切な人に出会い、
しがらみもない平和なこの街に家も構えた。
なんというか──もうここはゴールなのではないのか?
自分は使命のある勇者なわけでもあるまいし、
あとは死ぬまでここでマッタリと暮らせばいいんじゃないだろうか?
──と最近思い始めた。
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そんなある日のこと──
「親方、相談があるのですが」
女性陣のいない隙を狙ったかのように、セーブルが声をかけてきた。
「──ほうほう、結婚式け?」
尋ねてみれば、セーブル自身はぶっちゃけどうでもいいのだが、
妻となるシェリーのために、どうしても式を挙げてあげたいという。
だが事情がある。
彼女──シェリーは、この国においてはすでに「死んだ」ことになっている。
死罪となり、存在を消された。つまり“いない人間”なのだ。
だからこそ、式は彼女の故郷──海の向こうの国で、
彼女のご両親を招いて、ひっそりと挙げたいのだという。
「そりゃ〜シェリーも喜ぶべ、みんなで行って盛大に祝ってやったらいがっぺ!」
隣の国、というのがどれくらいの距離感なのか、さっぱり解らないが、
港町で大きな船も見た事があるし、
数日程度の旅で行けるんだろう。
と、適当な想像で言ってみたのだが……
「それが──そうゆう訳にもいかないのです。」
なんでも、シェリーの故郷であるその国は、
人族以外には封鎖された国であり──
別に、差別だとか人族至上主義だとか、
そういった意味合いでの封鎖ではなく、
単純に、入れないのだそうだ。
「一休さんみたいな話け?この街入るべからずみたいな……」
そうゆう事でもなく、その国は島国であり、
漁業や、鉱山から出た宝石類などを独自の技術で加工して、輸出したりして生計を立てているのであるが、
その近海から、島全土を覆う特殊な魔素のせいで、人族以外の種族は暮らせない──生きられない土地なのだそうだ。
そうなると、トゥエラとテティスは連れていくことが出来ない。
リリは恐らく平気なのだろうが、
パステルに連なるこの国の王族は、実は純粋な人族ではないのだとか。
「他の皆には留守番を頼んで、俺だけがついて行って仲人でもやってやるしかねぇべか?」
幸い、生前に工事現場で使っていたビデオカメラやドローン撮影機などもあるし、
帰ってきてからみんなで見てお祝いをしてやってもいい。
「んで、その国まではどれくらいかかるんで?」
と聞くと、他種族が行き来出来ない事もあり、
立派な旅船などはなく、貿易の為に定期的に訪れる船に便乗させてもらうしか方法はないとのこと。
「海が荒れずに順調な航海だとして、一月はかかるかと……」
そして、お忘れかもしれませんが──
とセーブルは続け、自分の本来の任務は王女殿下の護衛であり、
パステルを放置して海外に行くことなど本来は出来ない。のだそうだ。
ならばどうするか?
一時的に王女にはお城に帰還してもらい、
セーブルの同僚君にお任せする。
まぁトゥエラ達もお城で過ごさせても、
あの気のいい王様は文句も言わんだろう。
「私は、お供致しますよ。」
いつの間にか横にリリが来ていた。
「旦那様を単独で旅立たせるなど……
面白案件の見逃しに──ではなく……
専属受付嬢の名が廃ります」
おっさんを、初めてのおつかいの子供か何かと思っているのか、リリは同行が確定しているようだった。
「パーパ居ないのとか超〜ツマンネ〜しー
トゥーと二人でグレてダンジョン行くし?」
「おとーさんどっか行くのー?トゥエラも行きたい〜」
「セー君の結婚式ですか…
私も参列したかったですわ…」
皆が帰ってきて、ワイワイと賑やかしくなるリビング。
そして、玄関に立ち尽くす一人の女性。
「シェリー、聞こえていたかい?
式を挙げに君の街へゆこう──」
目を潤ませて、ガチムチ騎士の胸に飛び込むシェリー。
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皆も揃ったところで話をまとめ、夕食の段取りにかかることにする。
キッチンに向かう──のではなく、地下へと降りる。
最近は、簡単な朝メシやランチはおっさんも作るが、
どう考えてもビートル君の技術とセンスにはかなわない。
だから今日は、新鮮な魚介や肉などの材料を広げ、
「めでてぇ日だしよ、寿司のタワーみてぇの、作ってみっぺか?」
と、イメージを紙にサラサラっと描き、おまかせすることにした。
──手を抜いているわけではない。完敗なのだ。
酢飯ひとつ炊いても、完成度が全然違う。
手で持っても崩れないのに、口の中ではパラリとほぐれ、
仄かに香る赤酢のシャリ。
それに、わさびをちょいと乗せて刺身を握っただけというのに……
普段は酒を呑めば、たいしてメシを食わないおっさんでさえ、
ついつい箸が止まらなくなる逸品となるのだった。
みんなには「寿司パーティーにするから、風呂でも入ってこい」と追い払い、
おっさんはひとり、舞台の準備に取りかかる。
寿司が映えるように、リビング中央に雛壇状のステージを設置。
出来上がった順に、寿司を並べてゆく。
塔の芯になる海苔巻きゾーンは、崩れたら目も当てられない。
だから、一本一本、慎重に積み上げていく。
「ネコたち、あとでやっからな?今は手ぇ出すなよ」
そう言って釘を刺し、酒の段取りも済ませたところで──
舞台は、完成だ。
ゾロゾロと帰ってきたらみんなに、
「ほれ、今日は前祝いだ。
セーブルとシェリーの結婚に乾杯すっぺ!」
「「「「「「乾杯ーーーーー!!!」」」」」」
「「にゃ〜んにゃ〜ん」」
猫もみんなも嬉しそうだ。
式には直接行けないが、祝うという気持ちさえあれば、
どこに居ても構わないのではないか?
うちの家族は本当に仲が良い。
年齢も出身も種族すらチグハグなみんななのに、
こんなくたびれたおっさんを慕ってくれて、
各々が尊重しあって一緒に暮らしている。
今朝方ぼんやりと、このまま年老いていけばいいなどという思いがよぎったが──
コイツらともっと冒険したり、美味いものを見つけたり、
腹の捩れるような面白い出来事に出会っていく為に、
こんな自宅で腐っている訳にいくまいか。
と寿司を頬張る顔を眺めて、おっさんは想うのであった。
第八章 完




