第二十一話 おいおい、三毛のオスかよ
穴のサイズは、まぁ……野球場というか、東京ドームがすっぽり入りそうな感じか。
落ちたら助からん、どころじゃねぇな。落ちた瞬間、地獄行き確定だ。
だからだ。おっさんは、
慎重にも慎重を重ね、
火口をぐるりと一周しながら、
足元にアンカーを打ち、特注のフックをこれでもかってくらい取り付けていった。
当然、フックにはロープを通す。
しかもただ通すのではない。
蜘蛛の巣みたいに中心に向かって斜めに、放射状に、水平にも張る。
要は、どこか1本切れても、
すぐさま隣のロープが受け止める。
安全率は三倍、いや五倍。
何周したか、数える気も失せたが、
半日後には火口の上は見事にロープの巣ができあがっていた。
「よし、これなら……たとえ半分ぶった切れても落ちねぇ」
おっさんはウインチも念入りに設置し、確認よし。
みーちゃんには予備の餌を預け、
おっさんとトゥエラは、人造人間よろしく、地獄行きの降下開始だ。
降りてみりゃ、案の定だった。
標高が標高なら、火口の深さも尋常じゃない。
ヘルメットのハロゲンライトをフルパワーにしても、照らせるのは半径10メートルそこそこ。
その先は、闇と熱気のカオス。
防護服は、
前世で使った海底トンネル工事用の改良型。
超高性能冷却ファンと、
ガス対応のフルフェイス防毒マスク。
なかったら、3秒で干物コースだ。
それでもトゥエラの腹はグーグー鳴る。
おにぎり食った直後だってのによ。
娘の燃費の悪さに、思わずため息。
数時間、
ロープを頼りに下降して、やっとこさ地面が見えた。
着地してみると、これがまた地獄絵図。
マグマの川が、ゆるゆると流れ、
熱気で岩が溶けそうな勢い。
「ふぅ……もしこの防護服なかったら、干からびたカルシウム標本になってたな」
おっさんは肩をすくめ、ガスマスク越しに吐き捨てた。
で、見覚えのあるぶっとい埋設管だ。
地上で何キロも延びてた奴が、
しっかりここまで垂れてきている。
しかもさらに奥へと伸び、行き着いた先には……
バカでかい魔石が、どっかり鎮座していた。
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魔石ってのは、おっさんにとって、
調味料であり、油であり、
場合によっちゃ、ツマミにもなる。
……このサイズだ。
ユラユラと怪しく光るデカブツを、
どこをどう捌いたら旨い出汁が取れるか考えてた、
その時だった。
ズゥン……!
ズズン……!
地面が、揺れた。
おいおい、噴火か?このタイミングで?
安全確認まで半日かけた俺の苦労、秒でパーじゃねぇか。
狼狽えた俺の耳に、聞き慣れねぇ重低音が響いた。
……奥からだ。
ズシン……ズシン……!
見えた前脚は、ビル。
……いや、下手すりゃ都庁──
身体は……長い。
クレーン付きの高層ビルを何棟も連結したみてぇな、わけわからん長さ。
首も頭も……もう言葉じゃ説明不能。
ただ、ひとつだけ分かる。
駅だ。
あの、都内の再開発工事で散々出入りした、
俺が通った駅ビル。
アレが、歩いてきた。
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戦うとか、逃げるとか、
そんなレベルの話じゃねぇ。
あれはもう、怪物ってカテゴリにすら入れん。
無理、無理無理。お手上げだ。
だが、妙に毛並みはいい。
顔の半分は黒毛、もう半分はピッカピカの黄金色。
さらに身体には白毛も混じってる、
見事な三毛模様だ。
「おいおい、三毛のオスかよ……こりゃプレミアだな」
おっさんが半笑いで呟くと、
そいつは、
巨大なトンネルみたいな口をガバーっと開け、
地鳴りみてぇな咆哮をぶちかました。
『|ニャァァァァァァァァァァァ!!!』
……突っ立ってるだけでは、即死確定だ。
おっさんは条件反射で走り出し、
腰袋からぶっとい鉄柱を一本引っこ抜き、
ドラゴンの口ん中、舌から上顎へ突き立てた。
支保工。
鉄筋コンクリート造の現場じゃおなじみ、
超重量にも耐えうる、
天井の型枠を支え、
上階の床にコンクリートを打設する為の、
仮設の支柱だ。
ドラゴンの咬筋相手じゃ気休めにもなんねぇが、
やらねぇよりマシってな。
「一本じゃ話にならん」
おっさんは即座にトランシットレーザーをセット。
「目測でやったら、職人仲間に笑われっからな」
寸分違わず、等間隔で、
バランス考えて、次々に突っ立てていく。
まるでビルの型枠工事だ。
現場じゃ日常でも、
相手が駅サイズのドラゴンってだけで、仕事は変わらん。
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ひとしきり作業を終えたおっさんは、
腰を下ろして一服した。
フィルターも曲がった安モン煙草に火をつけ、
煙を天井……いや、ドラゴンの口へ向けて吐き出す。
「お前がどんな怪物だろうがよ……」
紫煙をくゆらせ、
「ここが現場なら、
工事の仕様はあるんだぜ」
かったるそうに呟くと、
そこには、整然と立ち並ぶ鉄柱の林。
均等、水平、垂直。
職人のおっさんが測量して建てた鉄柱は、寸分狂わずドラゴンの口を固定していた。
もう、あいつの口は閉じねぇ。
「よし、これでひとまず……開口部、養生完了だ」
おっさんは鼻で笑い、
現場でしか使わない工事用語で締めくくった。




