第四十九話
おっさんは──
何時間もただ待つという行為に、とうとう我慢ができなくなり、
さすがに焼酎じゃ、王様の舌には合わねぇべか……
と美食家であろう王様を気遣い、
腰袋から少し上等な、よく冷えた日本酒を取り出して、コップにトクトクと注いだ。
「──なんとこれは。飲み口がまろやかで、
香りも良いではないか!
……これでは午後の政務など手につかんわ!」
などと、嬉しそうにチータラをつまむ王様。
──気づけば、ただのおっさん同士の昼酒会が始まっていたのだった。
そうこうしていると、彼が帰ってきた。
──彼、よく考えてみれば名乗られていない筈などないのだが、さっぱり思い出せない。歳のせいだろうか?
その彼の報告によれば、ドン・ブーカという義足職人の男は、ある日突然騎士団本部に押しかけて来て、
「自分は罪人だから牢に入れろ」
と頑なに譲らなかったそうだ。
よくよく話を聞いてみれば──
冒険者くずれや、路地裏に転がった浮浪者まで──
身体に欠損がある者には分け隔てなく義体を拵えて無償で授けていたそうだ。
──しかし、ブーカに感謝して社会に復帰してゆく者ばかりではなく、
徒党を組んで盗賊行為を始めた奴らが現れてしまったのだ……
死者も出た。騎士団も出動した。だが──
ブーカの作った義手、義足は性能が異常だった。
その脚は、健常者よりも俊敏に動け、
その腕は、筋力をも倍加する。
そんな奴らが悪意を持って襲ってこられては、
精鋭である騎士達でも苦戦を余儀なくされたのであった。
それに心を痛めたブーカは──
「すべては自分の責任だ」と涙ながらに訴えたという。
自らが技術を身につけたこと。
それが最善だと信じて振る舞ったこと。
だが、その結果として悪が生まれ、人が死んだ。
──それは、驕りだったのだ──と。
技術に酔い、結果を予想出来なかった自分が、すべてを招いたのだと。
そう語るブーカの姿に、誰も言葉を返せなかったという。
「せめて、償いたい……」
そう繰り返す彼は、放っておけば自ら命を絶ちかねないほどに追い詰められていた。
その姿を見た騎士団は、正式な罪状による投獄ではなく──
“保護”という名目で、彼を牢に収容するという決断を下したのだった。
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「……ううむ。余まで話が上がって来ないのは、
そうゆう訳か。なんとも、やりきれぬ話だ。」
王はふぅと重たく息を吐いた。
一流の鍛治師が、名刀を打つことは罪ではない。
それを使って悪事を働く者こそが、真の罪人なのだ。
そんなのは、子どもでもわかる道理──
──だが、作り手にとっては、そう割り切れるものではない。
折角の旨い酒が、苦く感じるほど重い空気の中……
──目の前にあった酒の香りがふわりと鼻をかすめた。
のそりとおっさんが立ち上がり、気軽な口調で言う。
「──んだば、ちょいと行って、その盗賊ども捕まえてくっけ?」
……それは、まるで近所に酒を買い足しに行くような軽さで。
おっさんのあまりの軽率さに、セーブルの同僚が思わず声を上げる。
「っ、いくら閣下とはいえ、奴らは多勢です!
しかも、正面から戦おうなどという気概は皆無。
卑怯な罠でこちらを誘い、
……殺されてしまいます!」
その顔には、真剣な焦りと困惑が滲んでいた。
だが、セーブルはその肩をぽんと軽く叩くと、
安心させるように、静かに笑った。
「心配いらぬよ、アル。……今の閣下はな、」
そして少し、声を潜めて続けた。
「──我ら二人が“殺す気”でかかったとしても、
酒を呑みながら鎮圧されてしまうくらいの
実力を備えているのだ。」
その言葉に、同僚は言葉を失った。
驚愕、混乱、そして、ほんの少しの尊敬。
すべてを混ぜたような顔をして、ただ、おっさんを見つめるしかなかった。
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だが──おっさんが「盗賊退治でも行ってくるか」と言い出した頃には、
すでにその件は片付いていた。
リリが運転するミニクーパーに、子供ふたりと大人三人を無理やり詰め込み、
爆走──そして到達。
ギーシュ・ギーゾック一味は、壊滅していた。
自重を知らないリリのアカシックレコードによって、
アジトやメンバーは片っ端から割り出され──
だが、あくまで「罪を償わせる」ため、殺傷はせず。
テティスの広範囲昏睡魔法により全員を昏倒させ、
パステルのネックレスの妙技で、まるでイベント会場で配られてる風船の束のような状態で括られた盗賊たちは……
そのまま、王城の見える正面に……100人規模の盗賊を浮遊させた小さな車が到着した所であった。
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やがて──
息を切らせた伝令が、王のもとへと飛び込んできた。
「はっ、報告いたしますッ!
盗賊らしき集団が…宙に…浮いていまして?
それを連行して来たと見られる小さな馬車?が…
現在、正門前に──
爆音を轟かせて横付けされております!!」
その言葉に、セーブルが鼻で笑い、おっさんは豪快に吹き出した。
「ハッハッハ、まーたリリがやらかしたかぁ!」
セーブルも、微笑を浮かべてひと言。
「……予想以上に、迅速でしたね」
なぜか楽しげな二人の様子に、王もアルディスも唖然としたまま固まる。
「……な、なんなんだ、いったい……?」
その時、王はハッとしたように顔を上げ、伝令に命じた。
「正門を開けよ!」
重々しい音を響かせながら、巨大な大門がゆっくりと開かれていく──
ギィィィ……
やがて、城と街を隔てていた最後の壁──
巨大な丸太橋が、ぐわんと揺れながらゆっくりと降りてきた。
まるで「重役登場」にふさわしい舞台の幕が上がるように──
たったそれだけで、王城と城下町はひとつに繋がった。




