第四十七話
いつものように早起きしたおっさんは、
一人、エレベーターを降りラッキーアイランドの巡回──というか、散歩に出た。
ノシノシと歩き、昨日作ったスケートリンクの上にゆく。
昨夜、10分程度で簡単に作ったストーンウッド製の下駄のような履き物。
底面に『 T 』字に薄い板をつけたもの。
おっさんが若い頃は、街中にもスケートリンクの施設のある、デパート的なものがわりとあった。
スィーっと漕ぎ出せば──ちゃんと滑り出すことができた。
「……懐かしいんでねえの……?」
昔──妻の腰を支えてよく滑ったものだ──
クルリ➰と体を変え、後ろ向きでも滑ってみる。
──あの人は元気でやっているのだろうか?
などと朝からセンチメンタルになっていると、
暑苦しいイケメン集団が集まってきた。
ファイアーダンサーズである。
メイン演者が10人、黒子を纏ったアシスト演者が10人。
コイツらの演舞はかなり凄い。
簡単に言えば──蜘蛛男が気功弾を撃ちまくるが如く──火のついた棒を操る。
「おはようさん、早ぇなっす。」
おっさんは、簡易的な試作の下駄を彼らに配り、
「ちゃんとした靴はこれから作るんだけんども、
まぁバランス取りの練習くらいにはなんべ?」
と言う。──つまりファイアーダンサーにスケートを覚えさせ、氷上のアクロバットショーをやらせようと画作しているのであった。
後ろ足をハの字にして蹴る。
カーブは体重移動で──などと超基本的な行動を教えてやり、おっさんは散歩を終えて部屋に戻った。
みんな起きていて、朝食バイキング…もといビュッフェが楽しみなようで盛り上がっていた。
シェリーだけがまだ、このホテルのビュッフェを食べたことがない為、皆の話を聞いて戸惑っている。
まぁ確かに、選びきれないほどの料理が並んでいて、好きな物だけを好きなだけ食べれるなんて文化は──はっきり言って異常であろう。
朝食会場に赴いてみると、賑やかしい声が聞こえた。
昨日開業したことにより、それまでの宿泊施設に泊まっていた人や、
さらに大勢の観光客達が雪崩れ込んできたようだった。
接客や配膳の作業も覚束ない従業員達もウロウロとしており、
ふと、おっさんは建物に問いかけるように、「大丈夫なのけ?」
と思ってしまった。
『──大丈夫──最初はサポートするし、みんなマジメで頑張っているよ──』
頭の中に、囁きのような返答が返ってきた。
フワッと、おっさんの心にサンちゃんの説明が落ちてくる。
それによれば、このように語りかけてくるのではなく、意識をそちらに向かせるというサポートをするそうだ。
「あ、お皿下げなきゃ──」
みたいな合図を送るのだとか。
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最初は客も従業員もどうすればいいのか判らずワタワタとしていたビュッフェ会場は、次第に落ち着きを取り戻す。
九つにセパレートされた皿に、サラダ、肉、刺身、と慣れないながらも上手に盛り付け、席に着き始める。
いつだったかのトゥエラ達のように、鍋から直接食べ始めるような蛮族は居ないらしい。
以前はこの体育館程もある広い会場で、おっさん家族達だけで食べていたビュッフェは、
今や満員となり──賑やかで楽しげな声が聞こえてくる。
子供が粗相をして溢したスープも、
うっかり落として割れてしまったコップも、
瞬時に床に吸い込まれるように消えて、同じ物を持ったスタッフが席に届けにくる。
これが、ダンジョンとモンスターの仕組みなのだろうか?
今日が初営業のレストランとはとても思えないスムーズで安定した食事風景が広がっていた──。
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食事を終えたおっさん達は、ホテルを出てバスに乗り込み、王都へと転移する。
風景はガラリと変わり、休暇を満喫するリゾートのお客達とは違う──
平日の日常のような雑踏が大通りを占めていた。
リヤカーを引いて荷物を運ぶ者や、装備を固めた冒険者パーティ。
店先からは景気の良い呼び込み声も聞こえる。
「んで、どっちの方に行けばいいんだっぺ?」
運転手のおっさんは、セーブルたちに道順を聞くのだが……
「それが──あの方は店を構えて仕事をしているわけではなく、所在は不明なのですよね…」
と返ってきた。
この王都という都市は相当に広く、一人の人物をあてもなく探すには途方に暮れそうだ。
ギルドに依頼を出して探してもらうか、どうすんべか──と考えていると、
「どういった方をお探しなのですか?」
とリリが混ざってきた。
「昔、冒険者をされていたそうなのですが、大怪我で引退してしまい──その後自分の為の義足を造り上げた方で……現在は、身体の不自由な人々にそういった義手や義足を作られている筈なのですが──」
それを聞いたリリは、書類魔法を使うまでもなく、
「元白波の結末の盾職の人ですね?──名前はたしか、ドン・ブーカさんでしたか?」
セーブルは驚いた顔をして、
「ご存じだったのですか?あの方には、負傷してしまった騎士団の者達も大変世話になっておりまして──」
昔を懐かしむように優しい微笑みを浮かべながら、
「私の書類魔法が、初めて発動した時に──
運良く…とまでは言えませんが命だけは助かった人ですね。」
おっさんにはサッパリ判らない話題だが、共通の知り合いであるらしいことはわかった。
「あの人なら今は────あら?あらあら……?
──何故でしょうか?王城の牢獄にいるようですね……」
メガネを曇らせながら、リリが驚きの情報を漏らしてきた。
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リリは、調べようと思えば全てを知ることができた。
収監された原因も、それが過失か冤罪なのかも。
黒幕がいるのかどうかまで──一瞬で見極めることが出来る。
だが、それをするのは控えるようになった。
労せず、考える前から答えを知るのは……
なにか危うい気がしたからだ。
なので、自分のスキルにフィルターをかけた。
おっさんや、身近な家族達に危機が迫る場合や、大きな災害など、どう考えても未然に防いだ方がいい事案以外のことに関しては、答えを簡単には降ろさないようにしたのだ。
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「んでは、お城さ行って、誰かにその人のことを尋ねるしかねえべか?」
おっさんは公爵という立場なので、王城は顔パスで入ることができる。
だが迷子になっても困るので、セーブルに付き合ってもらうことにした。
パステルは、娘達やリリ、シェリーを連れて冒険者ギルドで待機していてもらうことにした。
ギルド前で女性陣を降ろし、バスは王城に向かって走り出す──
「ブーカ氏は責任感が強く真面目な方なのです。」
セーブルが件の職人について語り出した。
なんでも、異常な突然発生をした魔物の群れに襲われて、パーティが壊滅状態の危機になったそうで、その時盾職であったドン・ブーカという男が最後までしんがりに残り、メンバーを逃すために堪えたそうだ。
リリの魔法で危機を知った増援の冒険者達が駆けつけた頃には、ブーカは両足が無く、殺される寸前だったらしい。
メンバーはなんとか距離をとり、死ぬほどの傷は負ってないものの歩くことも限界で倒れていたのだとか。
モンスターが片付き、全員が存命で王都には帰ってこられたが、冒険者としての活動はそこで終止符を打った。
ブーカの治療がなんとか間に合い、後日意識が戻った頃には、パーティメンバーは王都を去り──其々田舎に帰った後だった。




