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閑話 リリ

おかげさまで、200話となりました。


これからも書いてゆきますのでよろしくお願いします。

──私には、家の記憶がない。


私にとっての居場所は、冒険者ギルドの託児所。


父は──いつも白衣を着ていた。

母は──スーツを着ていた。


両親は、何かの研究調査が仕事だったみたい。


いつも私をギルドに預けて、護衛の冒険者を雇って、何処かへ居なくなった。


託児所には、同じくらいの歳の子達が大勢いた。


夕方になると、親が迎えに来て──嬉しそうに帰っていった。


私にだけは……迎えが来なかった。

夜は小さな部屋に連れて行かれて、あまり美味しくないパンとスープを食べて、一人で眠った。


長い時は、何週間も帰って来なかった。


➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖


文字が読める歳になった頃から、私は本を読むようになった。


最初は、実在したのかも判らない──勇者が魔王を倒すお話だった。


王都の冒険者ギルドには、地下が埋め尽くされる程の本があった。


薬草の図鑑、剣の振り方、王国の歴史──


どれほど読んでも、飽きることはなく、寂しさも薄れた気がした。


だけど、沢山の本を読んでいくと…前に読んだ本の内容を思い出せなくなった。


地理の本に書いてあった筈のいろいろな国の名前──


その後に読んだ冒険の話で、変わった名前の国が出てきたんだけど、

それが地理の本に載ってたかどうか──


思い出せなかった。


自分なりに、忘れないように、

リズムをつけて本を読むようにした。


トン、トン、ツー、トンツー、ツートントン、


指で机を叩きながら文字を読むと、

何十冊も読んだ後でもその文章を完璧に思い出せるようになった。


トン、トン、ツー、ツー、


そうして、あれ程あった本の山は──

全て壁の棚に綺麗に整理整頓されて、

何万冊あるのかの総数はわからないのだけど、


トン、トン、と指を叩けばどの本が何処にあるのか、すぐにわかった。


➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖


ある時、両親が亡くなったと言われた。


私が13歳の時だった。


ただの孤児になってしまった私は、

ギルドで無料でご飯を貰うわけにはいかない。


たぶん、私を預けるのにもお金を払っていたはずだ。


「何か──働ける事はありませんか?」


職員さん達にお願いして、ギルド内での雑用をやらせてもらえることになった。


(ほうき)と雑巾を持って、広いギルドの中を磨いて回った。


いつの間にか、指を使わなくても──頭の中でリズムが聞こえるようになって、

それは、掃除でも、怖そうな冒険者でも、優しい職員さんも、全てを思い出せるようになった。


効率よく掃除をして行くと、

ちょうど一日ピッタリでギルドはピカピカになった。


➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖


それから数年経って、職員さんの仕事も手伝えるようになった。


登録されている、全冒険者の名前、性別、年齢、得意不得意──


遥か昔から現在までの、依頼の内容とその危険度と報酬額の傾向と対策。


モンスターの特徴と危険度の少ない戦い方。


とはいっても、非力なリリは重そうな剣など持ち上げることも出来ない。


全ては頭の中の、空想の話であり、ゴブリン一匹すら実際に見た事はない。


リリは自覚していなかったのだが、

この頃には、ギルドの経理よりも、ギルドマスターよりも、ギルドの内情に精通してしまっており、


それが故に──ちょっとした計算ミス(不正)も見つけてしまうようになってしまった。


癒着。賄賂。談合。裏帳簿──


片っ端から暴いてしまい、本人は悪気もなく報告を済ませると……


職員さん達の顔ぶれがガラッと変わった。


リリが幼い頃から、あまり美味しくないパンを届けてくれていたお姉さんは、今も受付に座っていて、

手招きで呼ばれた。


「あんたねぇ、私でも気付けなかった(うみ)を全部出しちゃったのは凄いけど──気をつけなさいよ……

ギルドの外に、絶対に一人で出てはダメよ。」


リリには何のことだかピンと来なかったのだが、

そもそもギルドに住んでいるリリは、ここから外出する必要は一つもなく、

給金も頂けるようになった今は、併設されている酒場で、お肉の入ったスープも、

焼きたてのパンも食べれるようになった。


➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖


ある時──自分の身体から、変な音がした。


『ピポパピポパ────ポーポーポー──

ピーヒョロロ~~──ガガガガ──』


ギルド中の視線がリリに向けられる。


異世界人にとって聞いたこともない電子音は、とても奇妙で……不快だった。


「あ、三日前に討伐に出かけた『白波の結末(ショアブレイク)』さん達一行が──

西の──山間で──オー…ガ?の群れに襲われていて危険です。直ぐに増援を──」


伝令が駆け込んできた訳でもないのに、机に座って書類を整理していた少女が、突然荒唐無稽な事を言い出した。


「バカ言うな!西の山にオーガなんざ居るわきゃねぇだろ!」


怖そうな冒険者が大声でリリを叱責してきた。


騒つくギルド内を一括したのは──ギルドマスターだった。


「鎮まれ!!──おいリリ、おめぇどこでそんな話を知った?」


筋肉ムキムキの黒猫が、仁王立ちで問い詰めてくる。


「あの、頭の中に聴こえたんですよね……

あと半日遅れれば全員死亡して、そのオーガは南下して小さな村を襲うとも──」


ギョッとした顔をするギルマスは、それでも大きな声をだし、


「Bランク以上のパーティ!直ぐに集まれ!!

馬も各自に貸す!!直ぐに増援に走れ!!」



後日──満身創痍の白波の結末(ショアブレイク)は、それでも命を拾い王都に帰還した。


増援に向かった冒険者達もベテランだった事もあり、何とか死者は出さずにオーガの群を鎮圧し切れたようだ。



それからも度々、リリから妙な音声が響くようになり──

気味悪がって距離を置く者、

感謝して崇拝する者、


様々な人物と関わりを持ちながらも──


色恋沙汰も「い」の字もなく、26歳になってしまった。



そんなある日、風体の冴えない中年の男性が、

ギルドを訪れてきたのだが──


──この話は、ここまでとしよう。



閑話 リリ 完

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