第四十四話
宙に咲く──大輪の花火が眩しく弾けた瞬間──
旧宿泊所は滅却魔法により、一瞬でチリも残さず焼却された。
一瞬遅れて聞こえる、爆音と地響きにタイミングを合わせ、超重量級の新ホテルがドカンと設置される。
だが……その刹那の出来事に気づいた者は、誰一人としていなかった。
美しい火花が舞い散り……
視線が空から地上に戻ったとき──
会場は、驚愕と混乱と轟きと歓声に包まれた。
テティスが、拡声魔法で園内アナウンスをジャックする。
『はいはーい!テステス〜♪ ご来園のあーた方にぃ〜
マジ耳寄っちゃうハナシしてやんよ〜!
パンパッカパ〜〜〜〜〜ン☆彡
──そこへ海竜がスターマインを打ち上げる──
なんと〜!?
宿泊客500人収容の〜?大型リゾートホテルが〜〜??
──今⭐︎降⭐︎臨☆彡 マジで!?今日から泊まれるよ〜ん!!』
ドドドドドドドドドーーーーーーーーン!!!
会場の熱気は、その瞬間ピークに達した。
➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖
向こうのほうから、リゾートの支配人や、いつぞやの盗賊…もといファイアーダンサーズが息を切らして走ってきた。
今回のホテル移築計画は、港町の町長以外には秘匿されていたのだ。
今まで建っていた木造二階建ての宿泊所があった場所に、突然見上げるようなデカいホテルが現れたのだ。
そりゃ、顎が外れそうな顔になるのも仕方がない。
おっさんは今回のサプライズを簡単に説明して、
ホテルを運営する為の人員の手配をお願いした。
久方ぶりに会った、真っ黒に日焼けしてテカテカと若い肌が艶めく若者達に挨拶をした。
「おめーたち、立派に頑張ってんでねーの?」
爽やかな金髪に、所々黒髪のメッシュが入ったイケメン。
昔、おっさん達の旅路の途中で出会った盗賊頭だ。
「公爵閣下!あの時は……我々のような蛮族に慈悲を頂き……
──感謝の言葉も有りません……!」
──身寄りのいない若者達のグループで構成された彼らは、漁師の仕事も、冒険者の依頼も上手にこなす事が出来なかったらしい。
食うに困り、ウサギや小動物を追いかけていた時、偶々出くわしてしまったのが──
事故により横転して、生者のいない馬車だった。
積荷には倫理観も我慢も霞む程の、美味そうな食料が積まれていた。
──そこから、彼らは罪を犯すようになってしまった。
おっさんが聞いた話では、殺人はしていないそうで、
それでも傷害や恐喝、強奪といった犯罪を繰り返してしまった。
おっさんは彼らに、昔地元で見た、
“火のついた棒を振り回して踊る”ショーを伝授した。
自分ではそんなアクロバティックな動きは到底できない。だが、身振り手振り、時には勢いだけの口頭説明だけで──
彼らの中に眠っていた何かが、覚醒した。
最初はぎこちなかった動きが、次第にしなやかさと力強さを帯びてゆく。
そのうち、「これワイヤー仕込んでんの!?」とツッコミたくなるような跳躍や回転まで平然とこなすようになった。
炎を操り、宙を舞い、咆哮のような歓声を浴びるファイアーダンサーズ。
そこには、あの日の“食い詰めた盗賊たち”は、もういなかった──
➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖
おっさんからの紹介という後押しも功を奏し、
彼らはあっという間にリゾートの人気者となり、
ファイアーダンサーズのショーは、施設の名物へと定着した。
そして──しばらくの間、金を稼いだのち。
彼らは自らの意思で、騎士団に出頭した。
かつて襲ってしまった人々に対して贖罪し、
貯めた金を全て支払い、誠心誠意謝罪した上で、
「首を斬られても構わない」と──涙を流した。
だが。
彼らが改心したことを知っていた、
当時の冒険者ギルドマスター──
今はホビット族の街に移住しているその男が、わざわざ出向いて弁護に立ってくれたのだ。
その結果、彼らは死罪を免れることができた。
あの日から。
彼らはさらに技に磨きをかけ、稼いだ金で不器用な若者達を支援して、
自分たちと同じような破滅の道を辿る若者を二度と生まないよう──
今日まで活動を続けている。
➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖
話を終えたおっさんは、点検と確認のため、ひとまずホテルの中へと足を踏み入れた。
人の気配はやはりなく──静まり返った館内。
それでも空間には、島の民謡が穏やかに流れている。
フロントに目をやると、カウンターの上に一枚の小さな紙切れが置かれていた。
歩み寄って手に取ると、そこには英文で、
Welcome back. Manager’s office.
……その文字だけが、まるで待っていたかのように、おっさんを誘っていた。
➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖
このホテルの支配人室は、フロントカウンターから奥に入った所にある小さめな部屋だ。
おっさんは首を傾げながら、お供の3人を連れて入ってみることにした。
表からは見えない場所にあるドアなのだが、ちゃんとおっさんの拘りが効いていて、竹を編んだような洒落た戸を開けると──
奥にある執務机の上に、なにやらボンヤリと光る小さな玉が浮かんでいた。
「なんだっぺ?これは。」
手を近づけてみると──頭の中に、『想い』が流れ込んできた。
それは、この建物に宿った魂の…
おっさんに対しての敬愛、感謝、尊敬、愛情などなど。
そして、大勢の客の集まるこの場所に移築してもらった事への喜び、だった。
ドサリと机に現れたのは、本のように綴じられた紙の束。
ペラペラと捲ってみると──
運営に関してのマニュアルのような物だった。
必要なスタッフの数と役割、
この世界における通貨での宿泊料金など、
以前おっさん達が泊まった時には、完全な無人でビュッフェも風呂も用意されていたのだが、
スタッフを入れた場合は、セミオートというモードになるらしい。
料理は勝手に創り出されるのだが、配膳や片付けは人が行う必要があり、
風呂や部屋、館内の掃除などもしなければならないようだ。
だが、シーツや浴衣などのリネンは勝手にクリーニングされ、補充されるらしい。
最後の方まで読むと、驚く事が書いてあった。
──要するにこのホテルは、ダンジョンとなっているらしい。
そしてその全てを支配、操作できるダンジョンマスターが、おっさんだとのこと。
➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖
客が増えて利益が上がれば、外観よりも施設も客室も増えて充実するそうで、
500人どころか、何千人でも宿泊出来るようになるらしい。
そして支払われた金貨の一部を、魔力としてホテルが吸収して成長するそうだ。
「親方がダンジョンマスターですか…素晴らしい事ですね。」
セーブルが崇拝したような顔でおっさんを褒めてくる。
「あのよ…なんつーか?ダンジョンってのぁーアレでねぇのか?魔物が出たり罠があったりするやつでねぇんだっけか?」
すると、光る玉から声がし始めた。
『──お父さんがそうしたいのであれば、私は変身できるよ?幽霊屋敷にでも、呪われた塔にでも…』
どうやら、建物が喋ったようだ。
「ちょ!ユーレイとかまじヤメて!あーし超苦手なんだから〜!」
テティスが慌てておっさんを止める。
「オバケでるの〜?おもしろそう〜!」
トゥエラはマイペースだ。
「いんや、サンクチュアリィ…
長ぇからサンちゃんでいいべか。
サンちゃんはよ、いっぱい客さを喜ばして、
もてなすほうが好きなんだっぺ?
それでいいんでねえべか?」
──最後にサンちゃんはこうも言った。
『私だけじゃなくてね、お父さんが創った建築物は、
小さな物置から、あの島と本土を結んだ橋まで、みんなに想いが生まれているんだよ。
腰袋の中は、暗くてつまらないから、皆んなもどこかいい場所に出してあげると喜ぶよ!」
などと言っていた。