第四十三話
別におっさんは、お賽銭を入れるために神殿に来たわけではない。
幾年か前に造ったこの焼却炉の状況を確認しに来ただけだ。
レンガやモルタルの劣化状況、そして竜の背に建てたことによる歪みやズレがないか、細かく確認する。
「大丈夫だっぺね……」
魔力とやらの効果なのかはわからないが、煙突も本体も、驚くほど劣化していない。
というか、ほぼ新品のままだった。
「だって〜、ゴミ燃やしてるワケじゃねーし〜?
この火も、熱波も、ぜ〜んぶ魔素なだけだし〜?」
テティス先生いわく、最初にゴミを燃やしたあとは、ラッキー君の魔力が循環してるだけで──
要するに「電池の切れない加熱式たばこ」みたいなもんで、ず〜っと壊れないらしい。
お参りを終えたおっさんは、いよいよ海中へと向かう。
今回は最初からテティスが魔法を発動してくれた為、入水しても服も濡れないし息もできる……
「……くっせえ……誤算だっぺよ。」
つまり、海竜に舐めまわされた服も洗われないという現実がそこにあった。
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昨夜のトゥエラの発言がなかったならば、
おっさんはこの謎の海中エリアに、ステージ形態の仮設足場を組み立て、そこでひたすらに密閉型の箱を量産していくつもりであった。
「んで、トゥエラよい、どんなことしてこのイカダを補強するんでぇ?」
と幼女に教えを乞うおっさん。
「まったく想像がつきませんね……」
セーブルも首を傾げて頭上の丸太を見つめる。
「どーせおチビのことだし〜?…理不尽の塊だし〜?
魔力0のくせに……一番ファンタジーだし?」
膨大な魔法を扱えるテティスでさえ、こんな広大なイカダを持ち上げることは出来ない。
あるいは、短時間ならば、無理をすれば出来るのかもしれないが、
以後永劫にとなると──膀胱が何個あっても足りないのであろう。
ストーンウッドが大量に保管されている、フレコンバックを腰袋からぬるりと取り出す。
一つ一つの大きさは、塀などに積まれているブロックよりやや大きい程度の素材。
それを一つ手に持ったトゥエラは……
大きく息を吸い込み、ほっぺを膨らませて……
「ぷ〜〜〜〜〜」
と……石材に口をつけ、息を吹き込んで膨らまし始めやがった──
「……だーかーらー…言ったじゃん?理不尽の塊だって……」
ギャルはゲンナリと肩を落として、おっさんから奪ったタバコに火をつけ、ふかし始めた。
「ぷ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
ブロックほどしかなかったストーンウッドは──
──ついに住宅並みの大きさまで膨れ上がった。
吹き込みを終えた彼女は、今度は何をするのかと見つめていると──
「ペッタペッタ〜♪ ペッタペッタ〜♪」
と、風船のように丸く膨らんだ石材(?)を、
泥んこ遊びのような手つきでペタペタと触れていく。
それは撫でてるのか、叩いてるのかも曖昧な、まさに子供の手遊び。
だが次第に──
その巨大な膨らみは、不自然なほど綺麗な直方体へと成形されていく。
四隅はシャープに、厚さは均一に、
まるでCADで描いたみたいな、正確すぎる立方体ブロックへと変貌していった──!
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たった一個のストーンウッドが──
おっさんとセーブルが目を点にしてあんぐりと見つめている間に……
リゾート全域に届く、厚みも十分にある板材となった。
その後彼女は──
「ぐい〜ぐい〜ぐい〜〜〜♪」
と、歌うような口調で、中心部分に穴を開けて押し広げ、ラッキー君がスッポリと入れる開口も拵え……
──最後に──
「ぱっち〜〜〜ん!」
と、ラッキーアイランドを支える広大な丸太のイカダに接着したのであった。
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その瞬間──1200坪を誇るスパ&プール施設、
ラッキーアイランドは──30センチ浮上した。
元々は、強靭な木材とはいえ、丸太を連結してイカダとし、
その上に床の骨組みを作って石畳を敷いた。
たまに海が荒れた時には、足元も波打つこともあるデッキであった。
まぁ、それも計算の内の遊びではあったのだが……
だが……実質、一時間も掛からずに工事を終えてしまい、海上に帰還したおっさん達は、
微かな揺れすら感じない、
──海上の大地に立っていた。
ラッキー君にお願いして、軽く沖の方まで遊覧してもらう。
岸を離れて、港町が遠ざかってゆくというのに、フワリとした浮遊感すらない異常な感覚に、
おっさんの中の建築に対する概念は、ガラガラと倒壊……寸前であった。
石は空気を入れても膨らまないし、
捏ねて薄くもなる訳あんめぇ──。
少し変わったアイディアなどは大好物のおっさんであり、宿泊中の船型屋敷なども気に入っていた。
だが──常識の壁は解体することが出来ない。
空中に穴は掘れないし、
板を宙に浮かせることは出来ない──筈だ。
しかし、トゥエラには……彼女の眼前には、
そもそも壁など存在しないのかも知れない。
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試航海を済ませて、港町のラッキーアイランド専用の桟橋まで戻って接岸する。
程なくして営業開始の時間となり、入り口には入場者たちの行列が並び、
隅の方にある宿泊施設からもお客が出てくる。
従業員の人に見回って貰い、無人になったことを確認する。
ここからはショーである。
先程、ラッキー君とも打ち合わせ済みだ。
「──キャロオォォォォォォォォォォン!!──」
開園の合図の瞬間、海竜が首を天に向け咆哮を上げた。
その口から、光の玉が上空へと打ち上げられ……
ドオォーーーーーーーーーン!!
と太陽の光にも負けずに、美しく華開いた。
観光客達の視線が、一点に──キラキラと煌めく花火に集中した瞬間を見計らい……
テティスの極炎滅却魔法で、宿泊施設を一瞬でチリも残さずに消し去り──
おっさんはその跡地に、腰袋からリゾートホテル
「サンクチュアリィ」をドドーーンと召喚したのだった。