第四十二話
後半は、テティスとの出会いの場の回想みたいになってしまいました。
各々が食べたい物を好きなだけ買い漁り、トゥエラの口の周りを綺麗に拭いておんぶしてやり、
船屋敷へと戻ってきた。
おっさんは、はっきりいって、街での試食で腹一杯なのだが──
バルコニーにバーベキューセットを立ち上げ、皆の喜ぶ顔が見たいが為に豪快に焼いていく。
屋敷の使用人達も全員呼び寄せ、椅子やテーブルを適当に配置して、酒も魚介も肉もどんどん振る舞ってゆく。
味付けがされていて、そのまま焼いても美味いのだが、ちょい足し工夫を加え──
破砕混濁魔石を一振りしたり、わさびポン酢、
マヨケチャップ、大根おろし、柚子胡椒、生姜醤油、
にんにく麹味噌、豆板醤、ハニーマスタードなど、
異世界人達もまだ思いついていなそうな味変トッピングも披露してやったりした。
最初は恐縮しきっていて、箸も酒にも手が出なかったのだが……おっさんに「食いっしぇ食いっしぇ」と勧められた料理長が恐れながら箸を進めると──
ヌラヌラとした半魚人タイプのシェフの目元から……ポロリと鱗が剥がれて落ちたのだった。
「魚オォォ…なんと……味わい深いのでしょう…」
そこからは大宴会となり──さすがに無礼講という程にはならないが、酒も食事も捗るのであった。
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おっさんはセーブルの隣に座り、間違っても毒杯を飲まないように自分用の小机を出して、そこにジョッキを置く。
「明日っからの工事なんだけんどもよ、でっけえ箱みたいなヤツをかなり大量に作らなきゃなんねーんだっけ」
おっさんの構想としては、ダブルベッドのマットレスくらいのサイズ感の、空気漏れしない密閉された箱を作り、
それをラッキーアイランドの全域に、海中から丸太の下に配置する。
加工の精度が物を言う仕事なのだが、
ストーンウッドの強靭さと浮力に加え、箱内の空気の浮力も加算されて、それが全て設置されれば、
コンクリート造のデッカいリゾートホテルを乗せても傾く事はない。という構造強度計算が出来上がっていた。
しかし、──問題は数である。
レジャー施設全域の面積は、田んぼで言うと四枚分。
1200坪という広大な広さを誇る。
中央付近は、丸く穴が開いており、ラッキー君が上半身を出せるようになっている為、その部分は面積から引けるが、
それにしても、
ダブルベッドのマットレスサイズで作ると、
──実に、1000個の密閉箱が必要となるのだ。
「ふむ……親方と私で手分けして効率よく作ったとしても、中々の作業量となりますね。」
澄ました顔で恐ろしい毒持ち魚の、鬼錵珊瑚のヒレから抽出したとかいう──シガテラ毒焼酎を、
ジョッキでロックのままグビグビと煽るセーブル。
「まるで全身の血管を針で刺されたような心地良さ」
とか意味不明なことを言いながら、神経毒酒に眉一つ動かさないあたり、さすがとしか言いようがない。
そこへ、つぶ貝の刺さった串を齧りながら、
うしろからテティスが顔を出した。
「あーしの魔法でもさ〜、ラッキーアイランドまるっと浮かすとかは?ちょっちムリみ〜だし〜?」
いつもは世界法則をネジ曲げるような魔法を繰り出すテティスでさえ、さすがにあの規模の全域魔法はキツイらしい。
理想は、ラッキー君のリゾート営業を邪魔せずに、隠密のように…こっそり工事を終えること──。
うーむ、と手順を熟考していたそのとき。
「おーとさん〜、トゥエラ、でっきるよ〜♪」
──と、先ほどまで両脇に猫を抱えて満腹で寝ていたはずの幼女が、トテトテと歩いて大人の飲み会に混ざってきた。
リリとパステルは向こうのほうで、屋敷の料理長を交えて酒を呑んでいる。
おっさんの作る普通のメシが、いかに素晴らしいかを懇々とシェフに自慢しているようだ。
シェリーはさすが、元酒場の主人だけあって、折りたたみ式のバーカウンターのようなものを展開して、カラフルでお洒落なカクテルを作っては皆に配っている。
寄ってきたトゥエラの頭を撫でてやる。
簡単に子供の戯言とは流せない、空中を掘るような謎の技術を持つ幼女の声に耳を傾けてみると──
「あのねー、さっきのねー、お水の中で遊んだお部屋あったでしょー?
あそこでねー、ペタペタってしてねー、
ぐいーってやってねー、パッチーンってすればいいんだよー!」
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それからしばらくして、宴も酣となり、バーベキュー大会は終了となった。
せめて片付けくらいはやらせてくれと言う、使用人の方々に食器洗いなどをお願いして、おっさん達は風呂を浴びてマッタリと部屋でくつろいだ。
──しかし、トゥエラが先程何を言っていたのかが、
全く解らなかった……
そうして…枕元に並べた酒や煙草を一頻り楽しんだ後、
──夜道を照らしていた紅い月は、白けた空の向こうに消えて──今朝も眩しい太陽が昇ってきた。
おっさんとセーブルとテティスとトゥエラ。
四人は工事の為にラッキーアイランドへと向かう。
リリとパステルとシェリーの成人女子組は、
好きに遊んでいたらいいべ。と、おっさんに言われたのだが、
王女が「お魚釣りがしてみたいのですわ!」と言い出し、ふたりを連れてどこかへと出掛けていった。
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現場へと辿り着いたおっさんは、やたらと懐っこい海竜に全身を舐め回され、作業前から生臭くなってしまった。
「パーパくっさ!wマジないわーw」
などと娘に笑われ、朝だというのにテンションが下がって行く。
「おとーさんwくっちゃいねー!」
と、無邪気なトゥエラにまでトドメを刺されるが、
めげている場合ではない。
バケツに満タンにチュールを入れてやり、海竜の頭をヨシヨシと撫でておく。
どうせ海に飛び込むのだし、洗ったり着替えたりすることもあるまいと思い、先へ進む。
まだ営業時間前の園内は誰もおらず閑散としていて、昨日駐車したまま忘れていたバスも、腰袋に回収し、中央の穴から海中へ──
と思ったのだが、その前に…ラッキー君の背中にある神殿へと向かう。
荘厳な白亜の建物ではあるが、実はこの神殿は建築物ではない。
空へも飛び立てそうな優雅で巨大な、海竜の背にある両翼が、折り畳まれた状態になると、この神殿のような形に形成されるのである。
そして、大きな扉をそっと開けて中へ入る。
中央には赤い絨毯が敷かれ、奥まで延びている。
両脇にはベンチ風の椅子がズラリと並ぶ。
地球でも見かけるような、普通の教会みたいな造りではあるが、
ここには神父もシスターもいる訳ではない。
──拝観客に飲み物やお菓子を配ったりする、
そうゆう格好をした従業員はいるのだが…
最奥まで進むと徐々に気温が上昇する。
そこに鎮座するのは、女神像や説法台などではない。
熱気を孕み、静かに咆哮する──巨大な焼却炉である。
──この広い殿内は、かつて、テティスが住んでいた。
とある事情により、精神を病んだ彼女は…
幾百年という永劫の時をこの部屋で過ごす間に、
ゴミ屋敷になってしまい──
それらを全て、おっさんが設計、設置したこの焼却炉で綺麗に処分したことが、このスパリゾート計画の発端となったのであった。
ゴミの処分と汚部屋の掃除が完全に終わり、
役目を終えてしまったかに思えた、この焼却炉であったが、
忘れがちだが、ここは海竜の背の上である。
ラッキー君にとって、この焼却炉は、ちょうど良いお灸のような──
良き暖かさであったらしく、燃やすゴミが無くとも、海竜の魔力により運用できることがわかった。
せっかくの、無公害なこの熱源を何かに使えないか?
と、考え──温水、温水といえば──
そしておっさんは、ノリと勢いで神殿の外に大きな流れるプールや、温泉施設、スライダー、
花壇、イベント広場、簡易宿泊所などなど思いついた施設を適当に建てて回り、
気がついた時にはプール&スパリゾートアイランドが出来上がっていたのであった。
そしてその焼却炉の、本来はゴミの投入口であった部分が、いまは何故か賽銭箱と化している。
焼却炉の方へ落ちる部分は封鎖されており、金貨が溶け落ちる心配もない。
ここを訪れた観光客達が──何故かこぞって、莫大なお布施をここに入れて帰るらしい。
──よく考えれば、焼却炉という概念が異世界人にはわからないのか?
この鉄とレンガで組まれた、前に立つと汗ばむような熱気の建造物が……
恐ろしくも神々しい神像かなにかと勘違いしているのかもしれない……。