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第四十一話

「──知らない天井け?」


目を覚ましたおっさんの視界に広がっていたのは、

金縁や銀縁で豪華に装飾された、純白の──まるで漆喰のような天井だ。


ベッドも大凡おおよそおっさんには似つかわしくない、雅な彫刻の施された上品な逸品である。


若干痛む頭を──いや、痛くないな?

ボリボリ掻きながら起き上がり、記憶を辿ってみると……


──そうだ、あの水中バレーボールの一件だ。

ようやく思い出すことができた。


テティスが展開した遊泳酸素(ブリッツボール)魔法によって、

外海の一角は、球体の空間に支配された“水中コート”となっていた。


空から降り注ぐ真夏の太陽が、

本来ならば光の届かぬはずの──水深およそ10メートルの海中を、その水の透明度故か、幻想的に照らしていた。


そこには、色とりどりの美しい魚の群れ(100%確変魚群)が舞い踊り、

まるで水中に張られたネットのように、揺らめきながら泳いでいた。


その中で繰り広げられるのは──家族たちによる、真剣勝負の水中ビーチバレー。


──水中なのにビーチとは……?


あらかじめ全員に衝撃暖和(痛くねーし?)魔法が付与されており、

どんな激しいプレイでも、怪我の心配は一切ない。


正面には、全身に気合をみなぎらせたセーブル。

そして──鋼鉄のように鍛え上げられた腕から放たれたのは……


競技用(フツーに飛ぶし?)魔法によって水圧すら無視する、規格外の豪速球。

全力アタック(ジェクトシュート)


それを目の前にして、パステルは怯え、思わず横へスウェー。

シェリーは必死に飛び上がるも、身長差で頭上を抜かれ──


……その後ろにいたのが、おっさんだった。


無邪気にはしゃぐトゥエラは、そもそも球を見ていない。


一切の抵抗を許さず、容赦なく一直線に飛来したボールは──

まるで運命であるかのように、吸い込まれるように。


おっさんの顔面へと──


そしてその意識を刈り取ったのだった。


➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖


「あ〜!パ〜パ起きた〜?マジでごめんっしょ〜w」


ゆる〜い口調で、謝罪の意思などは微塵も感じられない陳謝の言葉。


「親方、申し訳ありませんでした…撃つ瞬間、

──穿て!と念じてしまいました…」


セーブルの殺人未遂宣言を聞きながら、

……顔に穴が開かなくてよかったわ。

と、安堵するのであった。


──どうやらここは、おっさんが町長から借り受けた貴族用の宿泊所だそうだ。


気を失ったおっさんを抱えて運び込んだらしい。

海が赤く染まる程鼻血を噴いたそうだが、傷はテティスの魔法によって完治されているらしい。


おっさんが手に握りしめていた鍵──

そこに住所が刻まれていたらしく、

街の人たちに尋ねながら、この屋敷までなんとか辿り着けたそうだ。


「おとーさん! このお家ねー、お船なんだよー!」


トゥエラがキャイキャイとはしゃぎながら、

この屋敷の外観について楽しそうに教えてくれる。


どうやら──

漁業を生業とする港町のシンボルにもなっている、大きな木造帆船をモチーフに造られた、

かなりユニークで、遊び心に満ちた建物らしい。


2階にあるリビングへおもむいてみると──


ゆったりとアーチ状にカーブを描いた壁面に、

正面には広々としたガラス窓がどーんと広がっている。


その外には──

フロントデッキのように、すっと尖ったバルコニー。


潮風と陽光が、室内にも柔らかく入り込んでいた。


「ほっほ〜……なかなか洒落た造りなんでねぇの」


おっさんの頬が、自然と緩んでいた。


港町を一望できる──

ちょっとした高台に建てられたその屋敷は、まさに“特等席”。


バルコニーに出れば、

確かに陽射しは肌に刺さるようにキツいが──


そのぶん、波の向こうから吹き抜けてくる潮風が、まるで冷房かってほどに心地いい。

火照った肌を撫でて、熱気をすぅっと奪ってくれる。


「……こりゃ、贅沢なロケーションだっぺなぁ」


おっさんがぽつりと呟く。


──内装のほうはというと…

やはり裕福な貴族や客人をお迎えするために整えられているらしく、


床や柱、壁紙にまで金銀の縁取りや彫刻がこれでもかと施されており、

ひとことで言えば──


「……センス悪ぃ……落ち着かねぇ……」


と、舌打ちしそうになるゴテゴテ具合だった。


けれど──

下の階には、ちゃんとした料理人やメイドさんたちが常駐しているようで、

頼めばいつでも、飯の支度もしてくれるらしい…が、


「パーパのゴハンの方が100パーウマイから〜」

などと、その辺に控えているかもしれない使用人に、

聞こえやしないかと、少々肝を冷やすが…


まぁ娘に褒められて嬉しくない筈もなく、照れくさそうに鼻をかいたおっさんの背中に、


皆んなの楽しげな笑い声が聞こえてきた。


➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖


傷は完治しているのだが、それなりに出血もあったようなので──

今日は大事をとって、デッキ補強工事は明日におあずけということになった。


せっかく、眺めのいい“船首みたいなバルコニー”があるのだ。

ならばもう──


「バーベキューして呑むしかねぇべ!」


ということで話は秒でまとまり、

海産物の買い出しへ、みんなで街へと降りることになった。


屋敷にいたメイドさんやコックさんたちは、

「どうか我々にお任せくださいませ!」と慌てて準備を始めようとしたが──


「いやいや、俺らみてぇな庶民に気ぃ遣わんでくんちぇ〜」

と、おっさんがニカッと笑って断った。


「……海のもんはな、

 自分で選んで買うからこそウマいんだっけ〜」


そう言って、おっさん一家は、

高台からゆるやかに続く坂道を、馬車にすら乗ることもなく、のんびりと歩いて下っていく。


その背中を──


ぽかーんと口を開けた使用人たちが、

まるで宇宙人でも見るような目で見送っていた。


「あの方……間違いなく、公爵閣下……ですよね?」


「ええ、でも……おっしゃってましたよ……『庶民』って……」


「……意味が……わかりません……」


湧いた「?」マークを頭上に浮かべたまま、

しばらく呆然と立ち尽くすのであった。


➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖


おっさんも、最近では財布に数枚の金貨くらいは入れて歩くようになった。


さすがに、露天の串焼きすら買えないのでは不便なので、リリに──恵んでくれっけ?

と聞いてみると……


完全に呆れ返った顔で、


「旦那様の資産は私が管理、運用させて頂いてるのですよ?」


と、子供にお駄賃をあげるような手つきでジャラジャラと金貨を寄越してくれたのだった。



おっさんの総資産が、億なのか、兆なのか──は、リリのみぞ知る。であった。


リリから受け取った、日本の百円玉にそっくりな金貨を、娘達と王女とセーブルとシェリーと……

なぜかリリにも一枚づつ渡して、

「晩メシに食いたいもんを買ってきなんしぇ」

と、各自自由行動を進めるおっさん。


娘達はともかく、王位継承権第2位の王女や──伯爵の地位を持つ近衛騎士が、なぜ金を持ってないと思っているのか……


おっさんの脳内はおっさんすら解ってないのであった。


➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖


一概には言えないのだが、この世界の金貨の価値は、大体──日本の価値で言う10,000円程。


だが、この街では最高級の魚介が豊富に獲れるので、金貨一枚分も買い付けては、

とても食い切れない量となるだろう。


港が超進化してから幾年も達、おなじホタテであっても、店々で様々な工夫や味付け──料理法も発展して、実に飽きのこない品々が店先に並ぶ。


『イカのグリーンカレー炒めの肝和え』

などはおっさんの食指によく合った。


大振りなカニを、最小限の傷口で綺麗に解体し、

たっぷりの爽やかな柑橘とすり潰した身を和え、炭酸水と程良い出汁をバランスよく混ぜて冷やした、

──甲羅にストローを差して飲む、

タピオカニドリンクは──

二人の娘達を夢中にさせた。


カニの足をSwitchのように持ち吸い出す様は何とも面白かった。


パステル、リリ、シェリーの大人と呼べる3人の女性達は、ウニサワーがお気に召したようだ。


あの極上のウニを贅沢にも、殻の中に焼酎を注ぎ入れて優雅に発酵させ──さらに強いジンのような酒と炭酸水で割ったカクテルだ。


まろやかでコクがあるのに、度数は中々高いと言う女(かどわ)かしな酒のようだ。


➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖


どの店も景気が良く、店先には器量の良い(かわいい)看板娘(おんなのこ)達が、

串に刺した刺身や焼き物を、満員電車のようにひしめく観光客達に愛想よくジャンジャン配っている。


赤穂鯛あこうだいのような迫力のある大型魚を、バンダナを巻いたイケメンの板前が、一匹丸ごと客の目の前で大胆に捌き、その身を全て試食に充てている。


日本だったならば信じられないような光景だ。


だが──この街の収益の根源はここではないのだ。


良い匂いを放つ露天の出店も、様々な銘品を並べた土産物屋も、魚介を贅沢に使った料理屋(レストラン)も──

利益など度返しで営業しているのだ。


人を襲わない、神々しい(美しすぎる)純白の海竜が顕現でき、

触れ合うことすら可能な、ラッキーアイランドでは……それなりの入場料や施設利用料を徴収しているのだが──


そんなものとは桁が違う──「お布施(チップ)」が、

ラッキー君の背中に鎮座している神殿で、奉納されているのだ。


決して、怪しげな信仰や教えを広めているわけではない。

ただ、訪れた客達が、プールと温泉と神竜に感動して納めて帰るのだ。


そうやって集まった莫大な寄付金は、本来であれば、全てを創り上げたおっさんの収益になる筈なのだが──


「樹海暮らしに金なんて邪魔なだけだべした、街の為に使ってくんちぇ」


と──……もうすでにこの街は営利という概念すら薄れつつある、

訪れた人をおもてなしする事が喜びの街と化したのであった。


➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖


そんな中でも──あの男は──


セーブルのことである。


イートイン的なテーブルや椅子が賑やかに並び、焼き台も釜戸も備えられているエリアに、おっさん達は腰を下ろす。


トゥエラは、彼女が最も好むと(おっさん談)言われている、

──しょっぱ甘ウマイメニュー。


『生イクラと数の子のクリームパッフェ海蜂蜜掛け』で、口の周りドロドロにして、眠そうに船を漕いでいるのだが……


セーブルは目の付け所が違っていた。


網漁で揚がったはいいが、とても売り物にならない

キモダケフグ、


海コブラ貝、蠍ギンチャク、致死太刀魚、などなど…

放流することも売ることも出来ない──

漁港のゴミ。それらを、嬉々として買い漁っていた。


壊死毒クラゲの痺れ串を、クッチャクッチャと噛みながら酒を飲むアイツには、


金貨(こづかい)なんて渡さなくてもよかったんだっぺか?


などと、廃棄場に入り浸るマッチョに目を細めるのであった。

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