第三十七話
巨大な猫は、戦意も無さそうで、だが空腹なのか…
「ンナァ〜〜〜〜〜〜〜オ」と、
森に響き渡る、サイレンみたいなデカい音で訴えてきた。
こんな巨大な猫に食わす程のエサはない。
「おめさも、みーくんみたいにちっこくなれんのけ? エサやっから、縮んでみせっちゃ。」
吹っ飛ばされたみーくんもいつの間にか帰ってきていて、「み〜」と鳴いておっさんの頭の上に着地した。
デカいねk……「リリ?コイツの名前なんだったっけ?」
と聞くと、
「ワリトミール・スゴイッショ・ザッシューでございますね旦那様。」
「長えな……ワリ太郎で良いべか?」
こっちゃさ来い〜ワリ太郎〜と呼ぶと、
シュルシュルとその巨体を縮めてゆき……
おっさんの足元まで寄ってきたワリ太郎は、
それでも、みーくんの三匹分くらいのボリュームがあった。
みーくんは推定3キロ、ワリ太郎は…8キロくらいはあるだろうか?
ストーンウッドを削って、猫の顔型に誂えた木皿に、肉や魚の身を解したやつと、カニもたっぷりと盛ってやる。
水も隣に置いて頭を撫でてやると、モソモソと食い始めた。
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大きめの器で出したのだが、ワリ太郎の顔がデカすぎて、みーくんが皿に入れる隙間がない。
小さな手で、デカ猫の顔をおっぺしたりしながら何とか食えたようだ。
伐採したキビを集めねばな、と辺りを見渡すと……
向こうのほうでトゥエラがチェーンソーを振り回して短く切りそろえて、フレコンに仕舞っている。
──最近、出した覚えのない脚立がその辺に置いてあったり、おや?と思う事があったのだが……
どうやらおっさんの腰袋からトゥエラが勝手に出して使っているようだ。
アイツらに買い与えてやった腰袋からは、何も出てこないのだが、不思議なもんだ。
と、そっちは娘に任せて猫の様子を見るのであった。
一頻りエサを食った猫達は、皿にひとかけらのカニを残している。
これは、おっさんの分を少しだけ取っておいてやったという都市伝説があるのだが……
「いんねーよ」
と、腰袋に皿を仕舞い、皆の元へ歩くのだった。
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出発前の夜に感じた、おっさんの拭いきれない不安感は……的中してしまった。
皆をバスに乗せて自宅へと帰り着くと、
みーくんを先導になぜかついて来たワリ太郎までもが、我が物顔で家に入って行った…
──まだドアも開いていないのに、
入っていった猫達は、真っ直ぐにおっさんの部屋に向かい、壮麗な琉球畳を……
二匹でかきむしり始めたのだった──。
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帰ってきた時刻は、夜中。朝まではまだ数時間あるだろう。
女性陣に露天風呂を進めて、おっさんとセーブルはユニットバスで軽く汗を流す。
今から寝ても、別に構わないのだが──
やはり、ソワソワしてしまい落ち着かないので…地下に降りて、収穫物のフレコンをドサリ、と取り出す。
量は──数えてすらいないが、相当にあった。
キビを一本取り出して観察してみる。
外側の皮はかなり硬そうで、このまま煮ても、火が通るのかが不明だ。
そういえば──と思い出したのは、
生前に世話になっていた製材場。
山から伐って来た原木を、皮を剥いて四角い材木へと加工する工場なのだが……
そこの社長は、子を成せずに、歳もとり…
跡を継ぐ人材も見つからなく廃業することになった。
そんな時、おっさんが買い取らせてもらったのが、大型のバンドソーや皮剥き機械。
社長の、老後の酒代にでもなれば…と大枚を叩いて買い取ったのはいいが、
まさか使う機会が来るとは……
以前おっさんがムカデの解体に使ったりしていたのは、それよりも小ぶりな材木屋で引き取った物。
それは200Vの電源で動くのだが…
今回取り出したこちらは、軽油を燃料に作動する、パワーも騒音も圧倒的なモンスターマシンだ。
ゆっくり過ごす家族達に悪いと思い、一階へとつづく階段の途中に設けた蓋をする。
これで音も振動も一切上には聞こえないであろう。
「ヴォオォォォォォォォォォォ!!!!!」
と唸り声をあげる大型機械に、キビを放り込むと……
バリバリバリバリ!!
と音を立てて一瞬で瑞々しい茎が見え、ゴロリと排出された。
背後にいつの間にか立っていたビートル君の集合体に手渡し見てもらうと、
よく観察したあと、深く頷きイイネポーズを出された。
「これは、煮た方がいいのけ?」
と尋ねると、チッチッチと指を振り、
発酵醸造機にそのまま打ち込めという指示をされた。
皮を剥いだ瞬間、ふわりと立ち上るのは──
甘酒の湯気にも似た、どこか懐かしく優しい香りだった。
おっさんはコンテナボックス…大体、風呂桶四杯分くらいはある鉄の箱だ。
を取り出し、フォークリフトも召喚する。
キビを、これでもかという勢いで皮剥き機械に投入し、箱に溜まったらリフトで運ぼうと思っていたのだが……
なんと分裂したビートル君達が、蟻の行列の様に運んでいくではないか。
──そういえば、崩れた廃墟の瓦礫すら運べるヤツらだったことを思い出した。
腕が疲れて、喉も乾いてきた頃合いで作業を終了した。
──今回は、蒸留の過程も見てみたいので、ビートル君に、始まる頃に教えてくれとお願いをしておいた。
さっき風呂を浴びたというのに、おっさんは汗とおが屑にまみれ、ドロッドロだ。
コンプレッサーのエアーダスターで、大まかなホコリを弾き飛ばし、朝風呂へ向かう。
今度は屋上へ行こう。と着替えやタオルを手に階段を頂上まで上がる。
屋根の途中にポッカリと穴が空いた構造の、
展望露天風呂に出てみれば……
見下ろせる街並みのずっと向こう。
惑星の丸みが認識できる水平線から、
────新しい命が昇り始めた────
おっさんはストゼロを片手に、しばらくその朝日を堪能し、硫黄入り入浴剤の温泉気分で、
労働の対価を得るのであった。