第十九話 よし、焼肉パーティすっぺ
森は、林となり──
その林すらも、頼りない笹や、
色褪せた灌木ばかりになり……
ついには、ぽつりぽつりと、
枯れかけた爪楊枝のような木しか目に映らなくなった。
さっきまで足元を覆っていた、湿った腐葉土や水気はどこへやら。
今は、乾いた礫と、尖った石ころばかり。
靴はみるみる底を削られ、
靴の中に潜り込んだ鋭い礫が、足首やかかとを擦り、歩くたびに傷が増えていく」
──地面の表情も変わった。
樹海にも確かに丘や窪地はあった。
だが、ここは違う。
無理やり盛り上がったみたいな、険しい勾配。
足を滑らせれば、皮も骨も、
ズタズタにされそうな斜面ばかりだ。
こうして、おっさんたちは……
長すぎる森の旅を、ようやく卒業し、
乾いた、岩山の麓へと、足を踏み入れたのだった。
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だいぶ勾配がキツくなってきた頃、
みーちゃんからは降りた。
彼はなんともない様だが、
我々が落ちそうになるのだ。
何故、わざわざ
山登りなどをしているのかというと、
建築物の残骸を見つけたからだった。
それは、崩れ落ち風化していたが…
確かに元は砦のようなものであった。
もしかすると、高所に登れば、
村なり街なりが見えるのかと、
登山道すらない、
いつ岩が転がって来るかもしれない斜面を、
ハンマードリルで細い穴を開け、
アンカーを打ち、フックを取り付けながら、
それに落下防止用ロープを結び、
おっさんと娘は腰に巻いた命綱を頼りに、
登山している。
みーちゃんはいらないらしい。
10WDだからな。
足元を観察すると、
土っぽいところもたまにあるのだが、
流れた溶岩の筋が、
冷えたまま歪んでこわばっている。
所謂、玄武岩と呼ばれる火山岩であった。
ざらつき、割れば刃物みたいに鋭いこの岩は、
つまり──この山が、
かつて噴火した事のある火山であることの証。
おっさんは山登り趣味など皆無だったが、
仕事となれば別だ。
富士山だろうがエベレストだろうが、
山頂の拡張工事と言われ、
山を削り、コンクリートを打った男だ。
大工の仕事は多岐にわたる。
トゥエラはというと、
幼女のくせに、まったく疲れた様子もなく、
モグモグと特製肉まん片手に、
ロープにぶら下がりながらケロリとしている。
人間じゃないのかも、と思う。
そして……みーちゃん。
奴は、
山中を飛び回るデカいハングライダーみたいな鷹を、
バシンと平手で叩き落とし、
ドヤ顔で咥え、おっさんの元に持ってくる。
「おめ、こんな斜面でバーベキューすんのけ?」
と突っ込めば、シュババっと下山しては、
しれっと戻って来る。
どんな体力してるんだ、この猫。
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どう見ても、山頂は遥か彼方。
強行突破なんぞする気も起きない。
おっさんは渋々、腰袋から仮設足場の部材──斜面用ジャッキベースを取り出すと、手慣れた手つきで設置面の穴を確認。
「はいはい。現場仕事なら日常だっぺよ……」
ハンマードリルを起動し、硬い玄武岩に径16ミリの穴を4点、正確にマーキングしてぶち開ける。
ケミカルアンカーと呼ばれる、2液混合タイプの接着剤をグリグリとねじ込み、ねじ付きボルトを捩じ込み、待つこと数秒。
異世界仕様のおかげか、瞬時にカッチカチに硬化。
「日本なら、半日は我慢するんだがなぁ……」
苦笑しつつ、ジャッキベースをセットし、ナットでギッチリ固定。
そこに単管パイプをぶっ刺し、水平器など使わずに職人の目で垂直を確認。
また次のアンカー作業に入る。
これを何十回、無心で繰り返し……
完成したのは──見たことがある者なら一発で分かる。
あの、新築マンションや、老朽ビルの解体現場でお馴染みの。
高所からの落下物を防ぐために、外壁沿いにビシッと並ぶ、鉄骨の斜めの……あの“アレ”。
「……おかしいな、登山に来たはずなんだが」
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落下の恐れがなくなれば、
次は快適さを求め床面造りだ。
樹海で伐採しまくり、
製材までした角材や板材が山とある。
どこにあるのか?
それは…
表面に太マジックで「木材在庫」と書かれた、
フレコンバック。
不思議なことに…
四メートル以上もある材木がスルスルと仕舞え、
いくらでも入る。
入れ終われば、小さく畳んで持ち運べる。
さすが異世界である。
そこから手頃な土台やデッキ材などを取り出しビスや金物で固定してゆく。
まぁまぁ広いテラスが完成したら、
お馴染みの現場事務所を設置し、
ここをキャンプ地とする。
日も山の端に沈みかけ、
火山の斜面に組んだ即席キャンプ地は、
オレンジ色に染まっていた。
今日は……疲れた。
おっさんは、ペタンとデッキに座り込み、
腰袋から七輪を取り出す。
工務店の花見の時に活躍したやつだ。
バーナーで、備長炭に火を起こし、
焼き網を乗せる。
「よし、焼肉パーティすっぺ」
……誰に言うでもなく、呟いて、
焼酎をジョッキでグビッ。
ジョッキも、冷凍庫から出したてで、
キンキンに冷えてやがる。
そこへ、ドサリと音を立てて戻ってきたのが、
みーちゃん。しかも口には、
……豚一頭。
「いや、マジかよ……野生力高すぎだっぺ」
そうは言っても、
ありがたくいただくのが礼儀ってもんだ。
おっさんは慣れた手つきで解体を開始。
腸もきれいに洗って、
ホルモン部位は豪快に焼き網の上へ。
ジュゥゥゥ……
広がる香ばしい脂の匂い。
脂が炭に落ちる度に、
煙がモクモク立ち昇り、
トゥエラも手をパタパタさせながら「ん〜ん〜」とうっとり顔。
それだけじゃ物足りない。
おっさんは、サーモンの切り身と、甘海老串も網に並べる。
ジュワッと焼けたサーモンに、ほんのり醤油を垂らすと、
鼻腔をくすぐる焦げた魚介の香り。
これは決して、ムカデなどではない。
そして、今日の目玉。
巨大卵を使った、ふわとろ出汁巻き。
異世界の卵は「飲める卵」と名高い逸品。
出汁を吸って、ふんわりトロトロ。
こいつを刻みネギと共にパクっといけば……
「……しみるわぁ……」
もう、肉も魚も卵も、どれもこれも最高すぎて、
高所にいることなど忘れてしまうレベル。
ちなみに、トゥエラにはジュース。
みーちゃんには……
ドーンと1kg級のステーキを進呈。
彼女(彼?)は幸せそうに「ニャー」と低く鳴いて、
山の夜風に、みんなの笑い声が溶けていった。