第三十話
まったりとした休日で英気を養ったおっさんは──
翌朝、いよいよ地下室の工事に取りかかる算段を始めた。
まぁいきなり何かを作るわけでもなし、
ドワーフ帝国の酒蔵見学ツアーで、一応見ては来たのだが…
あの工場はあまりにも規模がデカ過ぎたし、
原料の植物の栽培までしていた。
……というかだ、あの酒、いったい何処に消費されているんだ?
ドワーフは滅んでしまって誰も居ないというのに、施設は稼働していた。
何十年か寝かせる酒とかもあるのだろうが、
呑む者もいないあの場所で、余らせた酒はどうなっているのだろうか……
少し考えたが、何も判らないのでやめておいた。
最初に必要なのは、原料となる植物を洗ったり、処理する場所だ。
次に、発酵させたり……なんかするやつで…
最終的にあの龍みたいな機械でボコボコシューシューさせれば良いわけだ。
酒造りに関しては全くの素人であるが、
建築なら自信がある。
ようは見て来たあの施設を全て小さくすれば良いのだ。
原料はプランター程度で育ててもいいだろうし、冒険に行っても手に入ることもあるだろう。
ぼんやりとした構想だけを練って、地上に戻る。
まずは朝メシだ。
昨日の夜に保温鍋に仕込んでおいたビーフシチューとバターを塗って焼いたパンだ。
シチューには、米よりもパンが合うというおっさんの持論だ。
ビートル君が作ってくれた魔法の様な鍋は、
おっさんには使えなかった。
ビートル君が使うと、米と水を入れるだけで、洗米から炊飯まで自動的に仕上がるのだが……
いや、よく見たら自動では無かったのだ。
鍋に、一匹のビートル君が張り付いて、魔石に入っている魔力?を操作して料理しているのだ。
おっさんも真似して、魔石を触って念じてみたのだが…
うんともすんとも動かなかった。
なので、愛用の保温鍋から皿にシチューを盛って
家族の待つテーブルへ運ぶ。
八時間ほど煮込まれた牛肉もジャガイモも、
トロットロになっていて噛む必要すらない程だ。
……噛むけれどもな。
みんなに今日の予定を聞くと、冒険者活動くらいしかやる事がない。だそうだ。
なので、お店も人もいっぱい居る王都にでも行って遊んできたらいいべ?
と提案すると、大喜びしていた。
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朝食が終わり、オシャレに着替えた家族たちと手を繋ぎ、おっさんの立て直した王都の教会前へ…フワリと転移する。
「んだば、夕方にここさに迎えにくっかんな?」
と言い残し、煙のように消え去った。
一人、自宅に戻ったおっさん。
セーブルにみんなの護衛もお願いしたし、
心配はないだろう。
──しかしアイツ、本当に影みたいに景色に溶け込んで消えるんだなぁ……
女性陣の賑やかしい買い物ツアーに気を遣ったのか、気配を消して同行するようであった。
そういえば……第一王女が街中をプラプラしてて良いのだろうか?
まぁ、テティス特選の派手な服を着させられていたし、カラフルな付け毛?も装着してたし、誰だか判らんかもしれんな。
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プランとして、おっさんは地下室の半分ほどを使うつもりでいる。
家を南側から見たとき、ちょうど中央に配置された螺旋階段を基準に、その右半分を利用する構想だ。
面積としては、およそ10メートル × 9メートル。
つまり、約25坪の広さとなる。
ここを大体だが4つのエリアに分けて、
作物の下処理をする炊事場、
醗酵をさせる一次保管庫、
メイン作業の蒸留をする機械エリア、
出来上がった酒を樽に詰めて寝かせる場所、とするつもりだ。
もし、酒造りが予想より順調に進んで、置ききれなくなったならば、
地下室のもう半分を使っても構わないかと思っているが、
なんせ個人で楽しむ量が作れればいいわけで、
多少客人や親方達に配れれば十分であろう。
おっさんは別に、「Ossantory」を起業したいわけではないのだ。
炊事場については──
おっさんでも準備できる範囲だ。
システムキッチンだけでは、さすがに作業量に対してシンクが足りない。
なので、業務用のステンレスシンクをズラリと並べる予定だ。
……イメージとしては、ラーメン屋の厨房。
あの、鍋の湯気と水の音が交差する、ゴチャゴチャだけど機能的なやつ。
今更驚く事でもないが……
壁に水道の蛇口や、ガスの差し込む口を取り付けてみれば──
水も出るし、寸胴鍋で湯を沸かすことも出来た。
まるで……一昔前に流行ったマジシャンみたいだ。
次のエリア、醗酵と醸造の工程を行う場所だが、ビートル君を見ると、ドラム缶くらいある大きな……
三重鍋を拵えていた。
そこに原料をぶち込めば──たぶん、酒になるのだろう。
……たぶん、である。
そしていよいよ、出来上がったアルコールを「蒸留」して、
酒精を高め、完成へと導く工程に移るわけだが──
この地下室の天井高は、せいぜい四メートル弱。
あのドワーフ帝国で見た、昇り龍のような巨大蒸留機は──
さすがに再現できそうにない。
「……龍が無理なら、蛇でもいいけ?」
おっさんは、ふと思い出していた。
──そういえば、この世界に転生した頃……
樹海で狩ったあの大蛇。
解体するのも忘れて、
そのままフレコンバックに詰め込んで……
ずっと腰袋の底で寝かせていたのだ。
さっそく取り出して広げてみれば──
そのスケール感たるや、まさに圧巻。
不思議と腐敗もしていなく、さっきまで生きていたような新鮮さだ。
長さも太さも、街中の電柱を超えるほど。
全身に白銀の鱗をまとったその巨体は、
魔物というより、もはや神話生物の域である。
おっさんは、仮設足場をパイプで組み上げ、
その大蛇をくねらせ、巻き付け、吊るし、固定してゆく。
仕上がったその姿は──
まるで「願いを叶えてくれる神龍」の蛇版。
酒を蒸留してくれる、神なる白蛇。
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だが…生身の蛇が、酒の蒸留を出来るわけがない。
中身は肉と骨なのだ。
そこで地下室の隅に目をやると……
いつぞや、ミケの体内で採集して、使い道もなく保管してあった黄金の山。
「ビートル君、あっこの黄金を溶かしたりなんかして、蒸留機作れっけ?」
と尋ねると、親指を立てて来た。
ネックレスやら王冠やら、指輪、延べ棒、椅子……?
全て純金で出来ているであろう装飾品を、
働きアリのように抱えて運び、ヘビの口からゾロゾロと侵入していった。
おっさんには理解の範疇を超えた作業なので、ビートル君達に一任して、
木材を精密に加工して組み上げ、鉄板を曲げて箍を作り、
酒樽を量産していった。
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タルの内側になる部分には、ガスバーナーを取り出して焼き目をつけてゆく。
こうすれば腐敗も防げて、酒の味も良くなるのではないか……?
まぁ、素人のかじった知識なのだが。
生前、工務店のお客様感謝イベントなどで、
植木鉢やらゴミ箱やらを大量に造らせれた経験が生きて、
丸めた鉄板を溶接で繋ぎ、
キツめに作った底板をはめ込めば、
大猿が投げてくるような、立派な樽が完成する。
樽が完成すれば、それを横倒しにして保存する棚も必要になるが、
そんな物はおっさんにすれば、
──目を瞑っていても作れる。
そんな訳は無いので、ちゃんと見ながら作るが、
まぁ簡単なものだ。
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昼メシを食うのも忘れて、ストゼロを呑みながら機嫌良く作業を進めれば、
大樽10個とそれを収める棚が出来上がった。
時折、後ろから……ズゴオォォォ!とか、
ビシャアァァァン!とか、災害みたいな音が聞こえていたのだが、
おっさんは決して振り向かないように心がけて、手元の作業だけに集中することにしていた。
若干の嫌な予感と、大きな期待を胸にゆっくりと後方を確認すると……
足場は解体され、天井付近までの高さを存分に使い、ウネウネと宙を泳ぐ……
白金の大蛇がいた。