第二十九話
大勢の集まってくれた客人達は、
皆大満足で帰ってくれたそうだ。
おっさんは、後半戦は酔っ払い過ぎてしまい記憶が曖昧なのだが……
テティスがギャルの勢いで盛り上げ過ぎてしまい、途中からは隠し芸大会のようなものも行われていた。
ギルドマスターの、パイナップルの葉のような髪型は……
実は一本づつ取り外して投げられるクナイのような武器であったり……
リリの同僚や後輩達も含まれていた、
美人受付嬢のグループは……
火山の噴煙をバックに異世界の歌を披露してくれた。
白と金を基調にしたステージ衣装は、ビートル君達が即席で製作。
舞台袖では、沢山の衣装を持ったまま早着替えにも対応すると誇らしげ。
なぜかリリがセンターを任され、困惑しつつも…
覚醒スイッチが入ったらしい。
透き通るようなハイトーンボイスで、
日本で耳にしていたような音楽とは一風違う──
讃美歌とレゲエを混ぜたような?、
ゆるやかで神聖な旋律を奏でた。
その瞬間、会場が静まり返り、
ゴウゴウと立ち昇る噴煙と、透き通ったガラスの螺旋階段が紅い月の光をを反射し、
そこを歌いながらゆっくりと降りて来たリリは…
まるで炎の女神が降臨したかのような風景となった。
セーブルは目を閉じ、姫は手を合わせ、
おっさんはというと──
「レゲエってなんだっぺか?……」
とジョッキ片手に首を傾げていた。
まるっきりホビット族達の職人、A〜Gにしか見えない様に偽装されたダークエルフの女神像達は……
食事や酒を楽しむ事など何百年振りだったらしく、
目を潤ませて喜んでくれていた。
……それは良いのだが、おっさんに纏わりつき
「早く孕ませるのじゃ」
「今夜が勝負なのじゃ」
「バキバキの魔法をかけてやろうか?」
「ハーフダークエルフとは…楽しみなのじゃ」
などと、耳元で喧しく子作りの催促を囁かれた。
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冒険者達の団体は、パーティ単位で来訪してきたので、一番数が多かったのだが──
これと言った冒険などしたこともない(自称)おっさんに、なぜか相当な憧れを抱いているらしく……
呑み会だというのに、鎧よし、盾よし、背中に弓よし…と、気合いの入ったフル装備でドヤ顔入場。
「気を抜いた瞬間が命取りなのです」などと言いながら、普通に宴の料理と酒に現を抜かしていた。
以前──おっさんを襲ってきたチンピラ冒険者達の、
あの件の顛末も聞くことができた。
簡単に処刑などにはされず──
鬼のような教官の元に預けられ、僻地のダンジョンの地下深くへ連行され、精神の鍛え直し兼ねた賠償ライフを送っているという。
聞けばその教官、引退した王国騎士団の最古参で……
なんて話もあったが、それはまた別の話だ。
この町でおっさんが最も親しい、
ホビットの大工の親方は、
相変わらず──青汁を濃縮したような緑肌の濃い女性ホビットを侍らせ、ご機嫌で笑っていた。
やはり、ドワーフ帝国から持ち帰ったあの酒は──
一口呑んだだけで気がついたららしく、
「違う。なんだこの旨さは…」
とグラスを掲げ、目を見開く始末。
「どこで買った!?もっとあるんか!?なぁ!?」
掴み掛かる勢いの親方をおっさんは宥め……
「明日から、地下室に蒸留所を造る予定なんスよ」
と何気なく話すと、
「明日から毎日手伝いに来るぞ!!」
「いやもう、今からでもええぞ!!」
グギャブギャと、まるでおっさんが常食しているゴブリンのような勢いで詰め寄ってきた。
──いや、
おっさんは酒を造りたいであって、
酒場を経営したいわけではないのだ。
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リリもパステルも娘達も、
何より、毒薔薇焼酎を嗜みながらも、
参加者達の一挙手一投足の起こりさえ見逃さないセーブルまでもが、楽しかったエピソードを教えてくれるのだが……
小さく溜息をつき、難しい顔をしたその騎士は、
「親方の起こりは、予想すら出来ません…
もし仮に、貴方が暗殺者であったなら…
私は……姫を庇うことすら出来ないでしょう…」
と、急に頭を抱え出した。
「なんかあったんけ?」
まったく無自覚なおっさんは皆を見回すが、
女性陣達も苦笑い。
ポツポツと語り出したセーブルによれば、
だいぶ酒も回り、客人達の遠慮という箍も外れ…
冒険者達は、身体強化魔法などまで使いセーブルに腕相撲で挑んだり、
ギルドマスターは髪を一本抜き、宙に投げた木片を撃ち抜くと言い出した。
さすがに刃物は…と止める皆の制止も聴かずに投げたクナイは……
手元が狂い、梁にぶつかり落ちて来たそうだ。
その真下にいたのは、仰向けで天に祈る様なポーズで寝ていた白猫。
悪意のない跳弾に、セーブルの初動も遅れ、
間に合わない…!と皆が目を逸らしたその瞬間、
おっさんの指から釘が飛んだそうだ。
そう言われて見てみれば……
撃ち抜かれ、大黒柱に縫い付けられたクナイが、
プラプラと風に揺れていた。
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おっさんにとって「釘投げ」は、職人同士で嗜む遊びの一種だ。
2本の指の間に、二寸の釘を挟み、余った端材の板に向かって撃ち込む。
命中精度だけでなく、力加減も問われる。
更には独自のルールもある。
盤面に見立てた板に刺さった釘穴を鉛筆で繋ぎ、囲い切ったら勝ち──
まるで五目並べのような、職人流の“勝負遊び”なのだ。
一見すれば…子供の遊びのようだが、
相応の腕力とテクニックがなければ、まともに打ち込むことすらできない。
これは──大工達の「本気の余興」なのである。
そんな釘投げを、若くして入った弟子の頃から叩き込まれてきたおっさんにとっては──
突然襲ってきたスズメバチを、反射的に撃ち抜くくらい朝飯前だ。
……ただし、それはあくまで“命中精度”の話である。
見れば、ギルマスが投げたクナイは──
人参のような重量感と、粘りのある鉄の質感を持っており、
普通の鉄釘で貫通出来るとは、とても思えないほどの代物だった。
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「私は……姫に、擦り傷一つ負わせたくないのです……!」
と、セーブルに頼み込まれ、
仕方なく、良い気分で呑んでいたストゼロを腰袋に仕舞い、家の外に出てみる。
断熱性と気密がヤバすぎて、家の中では季節を忘れてしまうのだが…
外はもう真夏の空となっていた。
セミ的な虫の鳴き声が、
「ビヨヨ〜〜ン…ビヨヨヨヨヨ〜〜ン」
と聴こえる中、
さっそく汗だくのおっさんは、小さい脚立を置き、
その上に空いた酒瓶を乗せる。
ビンが……一円玉程度の大きさに見える位置まで下がり、セーブルに釘を数本渡す。
「どうで?届くけ?」
と騎士を見れば、流石は幼少より戦いを極めて来た男。
ナイフなどとは違い、空気抵抗もクソもない鉄釘を投げ、瓶を揺らしていた。
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「これさはな、さほど力はいらねぇんだっけ──」
セーブルの釘が底をついたのを見て、
おっさんがフラリと前に出る。
一般人と比べて、一回り──いや二回りは分厚くデカい掌に、
鉄釘を4本、軽く挟む。
──シュシュッシュッ、シュッ。
風を裂く音と共に、放たれた釘は──
瓶を揺らすことすらなかった。
「……?」
一瞬、失敗かと思いかけたその時。
セーブルの目が大きく見開かれる。
恐る恐る瓶に近づき、目を凝らすと──
そこには、割れもヒビもないガラスに、釘の頭と同じサイズの貫通穴が、
ぽっかりと開いていた。
「ありえない……」
尊敬する公爵閣下にして、大工の親方。
だが──戦士として生きてきたセーブルの眼は欺けない。
おっさんの体躯、姿勢、筋肉の動き。
すべてが、“凡人”のそれでしかない。
「どうして、そんなことが……?」
50メートルかそこら離れた位置から、
おっさんが、腕力で瓶を撃ち抜く事など出来はしない。
ならどうしたのか?というと……
釘ではなく、杭を撃ったのだ。
1ミリも違わぬ精度で間も置かず放たれた釘は、互いの釘頭に衝撃を加え……
ようするにアレだ。四重の極みだ。




